イベリア半島におけるキリスト教徒とイスラム教徒との戦いをいい,8世紀初頭から1492年までの約800年間続いた。スペイン語ではレコンキスタreconquistaと呼び,〈再征服〉を意味する。
6世紀後半にイベリア半島の政治統一を達成した西ゴート(ビシゴート)王国は,7世紀後半に入ると政治・経済・社会の各領域で深刻な危機に陥り,折から北アフリカを西進する新興イスラム教徒の攻勢を受けてあえなく崩壊した(711)。このとき,西ゴートの貴族と高位聖職者の一部はピレネーからカンタブリアにかけての山岳部に逃れ,かつての長いローマの支配にもかかわらず文明化がほとんど及んでいなかったその原住民社会に,いままでにない衝撃を与えた。つまり,西ゴート難民の復讐心と未開社会特有の反発心がひとつに融合し,イスラム教徒の半島支配に対する息の長い抵抗運動を生みだす結果となった。これの象徴的事件として知られるのがコバドンガの戦(722)で,このとき司令官を戦死で失ったイスラム軍は半島侵入以来初めてその目標を達成できずに撤退,しかも途中で山崩れに遭って多くの損害を被った。戦い自体は大したできごとではなく,反乱者の勝利も直ちにその後の事態を決めるものではなかった。だが,歴史家の間に異論はあるものの,通常はこれをもって国土回復戦争の起点とする。
コバドンガの戦からも推測されるように,イスラム教徒のイベリア征服は完全ではなく,その後もこの欠陥を補う努力は一度もなされなかった。アル・アンダルス--イスラム教徒は半島の征服部分をこの名で呼んだ--の首都はコルドバに置かれ,東部のエブロ川流域と南部のグアダルキビル川流域にはやがてイスラム社会が定着したのに対して,北部と西部は初めから彼らの関心外に放置された。加えてアル・アンダルス内部は紛争が尽きず,後ウマイヤ朝の成立(756)も事態収拾への転機とはならなかった。
こうした情勢は,おのずから北辺の抵抗運動を助け,コバドンガ以後アストゥリアス,ナバラ,カタルニャ等のキリスト教国が生まれた。成立の背景や社会の性格はそれぞれに異なるものの,反イスラムの姿勢はすべてに共通していた。特に北西部のアストゥリアスは早くから西ゴート王国の後継者を自任,その復興を闘争目標に掲げる一方,前述のようにコルドバの支配が及ばないこともあって,8世紀中葉に早くもその領土を半島の約1/4に広げた。
たえまない内紛に対処しながらも,後ウマイヤ朝アル・アンダルスはキリスト教スペイン諸国をドゥエロ川以北に釘付けにし,それ以上の南下を阻止した。しかし,11世紀前半に事態は流動化し始めた。第1に後ウマイヤ朝が崩壊(1031)してアル・アンダルスが政治統一を失い,次にキリスト教スペインにはきわめて野心的なカスティリャとアラゴンの2国が新たに成立(1035),これを経済成長と人口増加期を迎えたピレネー以北の西ヨーロッパが背後から支えた。そしてやがてトレド(1085),サラゴサ(1118),リスボン(1147)の3都の奪回に見るように北の優位は確かなものになっていった。
キリスト教徒の進撃によって危機感に陥ったイスラム教徒は,対岸モロッコの援軍を仰いだ。結果は国土回復戦争の激化で,しばらくの間イベリア半島は東のパレスティナに次ぐ二つの宗教と二つの文明圏の係争地となる。イベリア中世叙事詩の秀作《シッドの歌》の主人公エル・シッドが活躍したのもこのときだった。1212年,トレド南方のラス・ナバス・デ・トロサの原野で,キリスト教スペイン諸国の連合軍はムワッヒド朝軍を破って優位に立ち,13世紀中葉までにアラゴンとポルトガルはそれぞれの国土回復を完了した。カスティリャもコルドバ,セビリャ,ムルシア等の重要拠点を奪回したものの,ジブラルタルの制海権を握るまでにはあと1世紀,そしてグラナダの征服で国土回復を完遂するには,その後さらに1世紀半を要した。
国土回復戦争はイベリア中世史全般を貫く主軸といわれる。善きにつけ悪しきにつけ,それは半島住民の生活のすべてを強く規制し,他の西ヨーロッパとはいろいろな点で多分に趣を異にした社会と文化が生まれる決定的要因のひとつとなった。流動的な社会,機能的な王権,日常労働の軽視,農業の立遅れと牧畜依存型の経済,強大で戦闘的な教会,イスラム教徒・キリスト教徒・ユダヤ教徒の共存とこれから生まれる宗教感情の高度な緊張,政治と宗教の混同等は,いずれも国土回復戦争に起因し,これの終結後も半島近代史に強く影響し続けた。スペイン帝国としてのさまざまな対外活動も,経済破綻と文化の繁栄という,スペインの〈黄金世紀〉のちぐはぐな内情も,国土回復戦争の前提なしには十分な説明はなしえない。このイスラム教徒との長期戦の中にイベリア・ナショナリズムが生まれ,スペインとポルトガルの両国家が成立した。国土回復戦争の刻印を克服することが両国にとって今なお差し迫った歴史的課題とされるゆえんである。
→アンダルス
執筆者:小林 一宏
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