75歳未満の自営業者や非正規労働者、無職の人ら約2870万人が加入する公的医療保険。加入者の所得水準が低い一方、年齢が高く医療費水準も高いために赤字運営が続く。2017年度は赤字を税金で穴埋めするため全国の市区町村の一般会計から計1751億円が繰り入れられた。財政安定化のため、18年度には運営主体を市区町村から都道府県に移管。公的医療保険制度は他に、大企業社員が中心の健康保険組合、中小企業の社員が入る全国健康保険協会(協会けんぽ)、公務員らの共済組合がある。
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健康保険(健保(けんぽ))などの被用者保険適用外の、自営業者などを対象とする医療保険。略称は国保(こくほ)。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
日中戦争が拡大するなかで、戦時体制下の健民健兵策としても医療保険の役割が注目され、旧厚生省が創設された1938年(昭和13)に、農山漁村の住民や都市の自営業者などを対象として、任意設立、任意加入、組合方式に基づく国民健康保険法が制定された。第二次世界大戦後、国保制度を再建するために、1948年(昭和23)の改正で市町村公営を原則とする任意設立、強制加入方式に改められた。1958年には、国保制度の実施をすべての市町村に義務づける新しい国民健康保険法が制定され、1961年の全面実施により、国民皆保険が実現した。医療給付の範囲は健保と同一、当初の自己負担率は健保の被扶養者と同じ5割であった。高度経済成長期には給付改善が行われ、1963年に世帯主3割負担、1968年に世帯員3割負担が完全実施され、1973年から1975年にかけて高額療養費支給制度が実施された。その後、老人医療費の無料化、高齢化の進展、経済の停滞などにより国保財政は危機的な状況に直面したが、1982年の老人保健法の制定や1984年の退職者医療制度の導入などを経て、2006年(平成18)改正による高齢者医療制度の導入などによって制度間調整が強化されてきた。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
2015年には、公費の拡充等により財政基盤を強化するとともに、財政運営等において都道府県に新たな役割を求め、国保制度の安定化を図る国保制度始まって以来といわれる大改正が行われた。
財政基盤の強化に関しては、2015年度から低所得者対策として保険者支援制度の拡充を行い、2018年度からは、保険者努力支援制度の創設、国による財政調整機能の強化、自治体の責めによらない要因による医療費増や負担への対応、医療費適正化に向けた取組み等に対する支援、財政安定化基金による財政リスクの分散・軽減等を実施している。
財政運営に関しては、2018年度から都道府県が国保の財政運営の責任主体となり、安定的な財政運営や効率的な事業運営の確保等、国保運営について中心的な役割を担っている。具体的には、都道府県は、市町村が保険給付に要した費用を全額市町村に対して交付するとともに、市町村から国保事業費納付金を徴収し、財政収支の全体を管理する。さらに、都道府県は、都道府県内の統一的な国民健康保険の運営方針を定め、市町村事務の効率化・広域化等の促進を実施する。一方、市町村は、保険料の徴収、資格管理・保険給付の決定、保健事業など、地域におけるきめ細かい事業を引き続き担っている。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
国保の保険者(運営主体)は、原則として都道府県および市町村(特別区を含む)であるが、そのほかに同種の事業または業務に従事する者300人以上の集団により全国単位または都道府県別に設立される国民健康保険組合(国保組合)がある。おもな業種は、医師、歯科医師、薬剤師、食品販売業、土木建築業、理容美容業、弁護士などであるが、都道府県および市町村の国民健康保険への影響に配慮して、新設は原則として認めないこととされている。
都道府県および市町村の国保の被保険者は、当該都道府県内に住所を有する者であるが、被用者保険の被保険者と被扶養者、生活保護法による保護を受けている世帯に属する者、国保組合の被保険者、後期高齢者医療制度の被保険者などは除かれる。なお、国保の適用者については、被保険者と被扶養者の区別はなく、世帯主および世帯員ともに被保険者である。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
(1)療養の給付 自己負担率は、被保険者および被扶養者ともに、70~75歳未満2割(現役並み所得者3割)、義務教育就学後~70歳未満3割、義務教育就学前2割。
(2)入院時の食事療養費 平均的な家計における食費(食材費+調理コスト相当額)を勘案して定められ1食460円であるが、指定難病患者・低所得者については軽減措置がある。
(3)入院時生活療養費 医療と介護および入院と在宅療養の負担の公平化を図る観点から、療養病床に入院する65歳以上の者について自己負担を求めるもので、標準負担額は平均的な家計における食費と居住費の状況等を勘案して定められ、1日につき1750円であるが、指定難病患者・低所得者に対する軽減措置、病状等によって入院時食事療養費と同額の負担とする軽減措置がある。
(4)訪問看護療養費・家族訪問看護療養費 自己負担率は一般の医療と同じ。
(5)保険外併用療養費 差額病床などの患者の選択・同意による選定療養、先進医療など将来的な保険導入のための評価を行う評価療養、先進医療であって患者の申し出によって行われる患者申出療養については、基礎的部分が保険外併用療養費として保険給付される。
(6)高額療養費支給制度 1か月の自己負担額が一定額を超えた場合、超過額が償還される。
(7)高額介護合算療養費支給制度 医療保険と介護保険の1年間の自己負担の合計額が一定額を超えた場合、超過額が償還される。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
国民健康保険の保険者は、世帯主から保険料を徴収する。保険料のかわりに地方税法に基づき保険税を徴収することもできる。両者の比較では、徴収時効の相違(保険料2年、保険税5年)など多少の違いはあるが、実質的な相違はない。
保険料・税の賦課方式には、4方式(所得割、資産割、被保険者均等割、世帯平等割)、3方式(所得割、被保険者均等割、世帯平等割)、2方式(所得割、被保険者均等割)の三つの方式があり、どの方式を採用するかは保険者の裁量にゆだねられている。低所得者については、被保険者均等割額および世帯平等割額の軽減措置がある。都道府県および市町村国保では、年齢構成が高く医療費水準が高い、低所得者が多い、小規模保険者が多いなどの構造的問題を抱えているため、前期高齢者医療制度の制度間調整による前期高齢者交付金のほか、給付費の50%の公費負担に加えて、保険料負担の軽減を図るため各種の公費負担が行われている。国保組合に対する国庫補助には定率補助と組合の財政力等に応じた補助があり、定率補助は組合の所得水準に応じて13%から32%、組合の財政力格差を調整する調整補助金は15.4%以内である。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
『社会保険実務研究所編・刊『新・国民健康保険基礎講座』(2010)』▽『岩渕豊著『日本の医療――その仕組みと新たな展開』(2015・中央法規出版)』▽『これからの医療保険制度の在り方を考える研究会編著『持続可能な医療保険制度の構築に向けて――平成27年改革の軌跡とポイント』(2016・第一法規出版)』▽『島崎謙治著『日本の医療――制度と政策』増補改訂版(2020・東京大学出版会)』▽『国民健康保険中央会監修『運営協議会委員のための国民健康保険必携』各年版(社会保険出版社)』▽『厚生労働統計協会編・刊『保険と年金の動向』各年版』▽『島崎謙治著『医療政策を問いなおす――国民皆保険の将来』(ちくま新書)』
日本の医療保険制度の一つで,主として市町村(または特別区)単位で運営され,被用者保険(組合管掌健康保険など)の被保険者およびその被扶養者以外の地域住民が加入対象となる。被用者保険に対し住民保険といわれ,また被用者保険が職域保険と呼ばれるのに対して地域保険と呼ばれる。その適用対象は,自営業者,無業者,その他さまざまな人々に及ぶ。国民健康保険は原則として市町村公営だが,このほかに都道府県単位で同業者が集まって独自に国民健康保険組合をつくって運営することもできる。
国民健康保険制度は1938年に成立したが,当初は農村における農民への医療の普及,したがって農家家計の医療費の軽減という目的で,農村対策の一環であった。設立については相互扶助を強調し,国民健康保険組合の任意設立・任意加入を原則としていた。その後,第2次大戦のすすむなかで,国保(国民健康保険の略称)は健兵健民の役割を背負い,最後には強制設立・強制加入となって,保健活動を重視するようにもなった。しかし,敗戦のときには全国の国保組合の半数以上がその活動を停止していた。その理由の一つは,医師・看護婦の応召や医療器材,医薬品の不足という事情によって,医療機関の活動が停滞したことによっている。
そこで48年に市町村公営の国保事業として起死回生をはかり,さらに,国民皆保険政策にもとづいて58年に公布された現行の国民健康保険法によって,61年から国保の強制実施・強制加入が実現された。給付内容は,法定給付として療養の給付,助産費もしくは助産の給付または葬祭費もしくは葬祭の給付があり,任意給付として傷病手当金,育児手当金,出産手当金などがある。しかし財政的理由から,任意給付を行っているところは少ない。療養の給付は,療養取扱機関となっている医療機関における診察・治療・薬剤等の現物給付となっており,その給付率は世帯主・世帯員ともに7割給付なので,3割の自己負担が必要である。ただし,健康保険(組合管掌健康保険,政府管掌健康保険)と同様,同一医療機関での1ヵ月1人あたりの自己負担額が6万3600円をこえる場合等には,そのこえる分は高額医療費となって保険の負担となる(高額療養費支給制度)。
国保は被用者保険の賃金比例・労使折半負担とは異なった方式で,保険税または保険料が賦課・徴収される。保険者としての市町村は,世帯主から地方税法にもとづく国民健康保険税という目的税を徴収する場合と,市町村条例で保険料を徴収する場合とがある。いずれの方法でも大差はなく,加入世帯の経済的能力と受益度とによって計算される。具体的には個々の市町村で異なるが,その根拠は,所得割り・資産割り・世帯員均等割り(人頭割り)・世帯平等割りを組み合わせて算出した合計額である。家族数(世帯員均等割り)を考慮にいれているところは被用者保険と大きくちがっている。負担能力に乏しい世帯には軽減措置がとられている。また国保には国庫補助がある。まず事務費の国庫補助があり,給付については療養給付費補助金として40%,調整交付金として5%,さらに臨時財政調整交付金として平均3%つくので,全体として48%を国が負担することになる。他方,7割給付なので患者の自己負担額が30%あり,療養給付費のうち残り22%が保険料(税)で賄われることになる。国庫負担が多いことになるが,この理由は,国保は低所得者層が多いこと,被用者保険のように使用者負担(事業主負担)がないことにある。こうした財政構成をみて,これはもはや医療〈保険〉でなく,保険医療サービスではないかとの批判もある。
国保はもともと農村の地域住民の連帯による相互扶助の具体化として出発したが,経済成長にともなう農村の過疎化現象と都市住民の増大と被用者化によって,二つの問題を生じた。つまり,農村等における加入者の所得が低く高齢化がすすんで財政的に苦しい反面,高齢者の受診の増大による医療費の増大を引きおこしている。国庫負担の比率が大きいことや地方財政の確立のため,これ以上の公費負担は望みえないので,国保の側からは,国保財政緩和のため老人保健法(老人医療,老人保健制度)に大きな期待をかけている。しかし,それに対しては,被用者保険の負担増をもたらすとの批判もある。なお都市では被用者保険加入者数が多く,残余のさまざまな業態と所得階層の人々が国保加入となるが,その人々の所得把握の困難さも,国保財政逼迫(ひつぱく)の一因となっている。
国民皆保険体制は,日本の医療保障の確立の期待にこたえるもので,それまで批判されていた医療保険制度への加入と未加入による国民的不公平を是正することとなった。ところが,被用者を中心とする制度にあっては,被用者としての雇用関係の喪失は被保険者資格の喪失であり,一時的離職(失業)や永久的退職(定年退職,転業など)も資格喪失となる。当時の被用者への制度適用は当該事業所での雇用関係を必要とするために一時的離職者にあっても資格喪失となった。これには地域住民としての国民健康保険への移行が生じるが,給付内容の低下,保険料負担の増加となる。1973年からの老人医療費支給制度(医療保険制度と公費負担制度の補完的組合せで無料となるが,70歳以上から終身の適用となる)は,退職から70歳にいたる間が国保制度の保障しかないという状況であった。これらに対応して高齢退職者医療制度や離職者医療制度が検討されたが,他方で老人保健法が各医療保険の保険者との〈財政調整〉を期待して制定された。すなわち,後代負担への依存を求めた制度づくりであったといえよう。だが,当局は制度間の財政調整という見解をきらっており,明確な考えを残してはいない。
各医療保険の加入者は70歳以上になると,それまでの老人福祉法による老人医療費支給制度に代わった老人保健制度による医療の給付を受けることになった。給付には自己負担があり,現在では入院で1日1000円,通院月4回上限で1回500円,通院の薬剤費ならびに入院時食事療養費は所定額となっている。加入は市区町村の老人保健担当窓口で健康手帖(老人医療受給者証付き)の交付を受ける。この費用の7割分は各医療保険の保険者拠出金でまかない,残りの3割分は国,都道府県,市町村の分担である。拠出金は各医療保険の財政調整として負担されている。その理由は制度間の負担の公平化の実現にある。
被用者であって現在被用者年金の支給を受けている70歳未満の者とその扶養者がこの制度の対象となる。運営は国保で,加入は市町村役場の国保担当課に届ける。給付は自己負担があり,本人は通院・入院ともに2割,被扶養者は入院2割・通院3割である。財源は本人が国保へ納付した保険料に加えて,被用者保険からの保険者拠出金でまかなう。本人は国保加入者として保険料を負担し,医療給付はこの退職者医療制度で受ける仕組みである。
日本の人口構造・社会構造の変化に対応しての国保改革が登場し,人口構造では高齢者が国保へ集中的に加入し,社会構造では保険料負担能力の小さい無業者や零細自営業者が多く,かつ,過疎地域では保険集団の零細化がみられ,国保経営は困難となる。1984年の健保法改正では,5人未満零細事業所の従業員の健保未適用から適用への切換えもあり,所得が安定し,その把握が容易な層が国保から抜ける事態が生じた。また,医療費の増加傾向が国保にも及んできて,被用者保険の拠出金でまかなわれる老人保健法と退職者医療制度を別建てとしたが,国保の財政安定にそれほどの効果はなかった。また,給付の引締めをするにしても,国保の給付率は7割であり,これ以下に引き下げることは他制度の給付率との均衡からいって不可能であった。こうした状況のなかで,国保が存立できたのは,国,都道府県,市町村が医療費の一部を公費負担とする〈保険基盤安定制度〉の88年,90年の導入,93年度,94年度には一般会計からの繰入れをする〈国保対策安定化支援事業〉の2年間の有期的・暫定的制度化による対応があった。95年度,96年度は低所得者の保険料軽減分の公費補塡という保険基盤安定制度をとったが,この場合国の負担を2年度間にわたって段階的に増額する措置であった。そして,97年度,98年度,99年度についてもこの保険基盤安定制度の継続をとりきめたのである。このようにみてくると,最近の国保運営の事情は,国庫その他の公費負担が財政面を支えているといえる。たとえば,被用者保険のような事業主負担がないので,国保では医療費の5割が国庫負担となっている。しかしそれでも,国保財政は赤字傾向が慢性的である。財政安定ならびに制度安定に必要な国保改革が求められている。
→医療保険
執筆者:佐口 卓
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
(梶本章 朝日新聞記者 / 2007年)
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