園庄(読み)そののしよう

日本歴史地名大系 「園庄」の解説

園庄
そののしよう

近世の薗村に庄名を残す皇室領庄園。庄域は不明。「和名抄」下道郡曾能その郷にあたるか。のち東西に分れ、領家職は東庄が京都梅津うめづ(現右京区)長福ちようふく寺、西庄は理覚院が相伝したと思われる。

寛喜元年(一二二九)一二月一七日の関東挙状案(長福寺文書)によると、高倉天皇の子惟明親王妃が園庄領家職のことについて幕府に申出たことが知られるが、翌年三月三日の関東請文(同文書)には「金剛勝院領薗庄」とある。文応元年(一二六〇)の大嘗会に際して諸役継続を命じられた浄金剛院領分に当庄がみえる(「経俊卿記」同年九月二〇日条)。室町院領が亀山・伏見両院家に折半される過程で当庄は東西に分れたらしく、延慶四年(一三一一)三月二七日の妙聖請文(国会図書館所蔵文書)に「園庄東方雑掌」がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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