流動体物質を物体の表面に塗り広げて薄い層をつくり、のちに固化して物体の表面の保護、着色などのために用いられるものの総称。
[垣内 弘]
物体は大なり小なり外的な影響によって、なんらかの侵食作用を受ける。また、素材のみでは表面的な商品価値が低い場合が多い。そこで外界からの影響を受けないように保護し、次のような目的のために塗料で塗装する。(1)物体の保護、防食、耐油・耐薬品、防湿など。(2)光沢の付与、美化、平滑化、標識など。(3)生物の付着防止、殺菌、伝導性調節、反射など。
[垣内 弘]
塗料の主成分は、塗膜形成成分のビヒクルvehicle(展色料)と、顔料成分からできている。ビヒクルというのは透明塗料に相当するもので、顔料などを分散させて塗料に流動性を与える成分であり、顔料は塗膜に色彩を付与する成分である。
[垣内 弘]
塗料の歴史は、ビヒクルと顔料を用いた絵画に始まる。それは2万年前の石器時代にまでさかのぼり、スペインのアルタミラなどの洞窟(どうくつ)画がみられる。当時の着色料すなわち顔料は、黄土のような粘土、ビヒクルには水、アラビアゴム、卵やゼラチンなどが用いられた。ギリシアやローマ時代にも同じような絵画が残っている。紀元前1000年ごろには、エジプトにワニスが現れた。乳香やサンダラックのような軟質の天然樹脂を植物油とよく練り合わせ、これを指やナイフを使って塗り付けた。この塗装を施した当時のミイラの棺は、現在でも損なわれることなく保存されている。
乾性油ワニスの製造は、1670年ごろから家内工業的に始まり、1800年代にフランス、ドイツにワニス工場が設立された。19世紀後半に、経済活動が活発になるとともに塗料の需要が増大して、1890年にはロジン変性グリセリンエステルのワニスが、1927年に油変性アルキド樹脂のような合成樹脂塗料が登場してきた。1940年にエマルジョン塗料が開発され、第二次世界大戦後、プラスチック(合成樹脂)が発展するのに伴い、これを原料とする合成樹脂塗料が多く登場した。
[垣内 弘]
日本の塗料の歴史も古く、縄文時代、弥生(やよい)時代に、漆や着色粘土、金属酸化物を油やデンプン、にかわ(膠)などと練り上げてつくった絵の具や漆が塗装や彩色に用いられた。日本の塗料は、代表的な漆のほかに柿渋(かきしぶ)、桐油(きりゆ)などを主とし、庶民の日用品、さまざまな木材などに防水、防腐の目的で施された。
長い間の鎖国政策ののち、初めてヨーロッパから油塗料のペンキが輸入された。軍事的な面からも塗料の国産化が要望されて、1881年(明治14)東京に光明(こうみょう)社(後の日本ペイント株式会社)が設立され、亜鉛華、ボイル油、堅練りペイントなどの製造に着手した。海軍が国防上の必要から国産塗料の保護育成を図り、海軍の拡張につれて船底塗料関係の研究・開発が行われた。1914年(大正3)に第一次世界大戦が始まって、欧米から日本への塗料の供給が途絶えた。これを契機として国産塗料の製造が飛躍的に増大し、国内需要にこたえたばかりでなく、アジア市場への供給も独占した。塗料工場も明治末の28工場から、大正末には101工場へと発展している。
第二次世界大戦後は、ユリア樹脂(尿素樹脂)やメラミン樹脂塗料、エマルジョン塗料の生産、続いてエポキシ樹脂塗料など、次々と新しい塗料が開発され、合成樹脂塗料時代に入っている。
[垣内 弘]
塗料の原料は多種類にわたり、塗膜構成主要素と副要素、顔料と溶剤とに大別される。塗膜構成主要素として乾性または半乾性油脂は現在でもおもな原料ではあるが、1980年ごろから各種合成樹脂塗料に置き換わってきた。天然樹脂の使用も減少したが、天然ゴムや繊維素からの誘導体はいまでもよく使われている。これに対して合成樹脂は品質が一定で、かつ供給も安定化しているので今日の塗料の主流となっている。とくに要求される塗膜の性質にマッチするような変性が可能という特色ももっている。副要素的なものは先に述べた乾燥剤や可塑剤的なものである。
顔料は一般に水や溶剤に不溶の有色の粉末で、溶剤に可溶の染料と区別される。塗料に対する顔料添加の効果は、着色、隠蔽(いんぺい)、粘性の付与、塗膜の補強、防食などである。塗料状態でも顔料はビヒクル中に十分に分散しており、塗膜として乾燥したあとでも分散した状態を保っている。
溶剤は、一般に塗料を流動状態に保つために加える。有機系の溶剤が多いが、20世紀後半以降、その蒸発による大気汚染を警戒して使用が大幅に制限されるようになった。水溶性塗料は水で希釈するが、この場合は水を溶剤とはいわない。環境に与える影響が小さく、引火性の少ないものを使うのが望ましい。
[垣内 弘]
塗料は分類法によりさまざまな名称でよばれるが、以下、油性塗料に属するものについて記す。
油性塗料はおもに天然の油脂などから製造されるビヒクルを用いる塗料であり、漆、カシュー系塗料、油ペイント(油性ペイント)、油性エナメルなどがある。
[垣内 弘]
漆に似たものにカシュー系塗料がある。インド産カシュー実の殻から抽出したカシュー核油はウルシオールによく似た成分、カルドールやアナカルド酸を含有している。油溶性フェノール樹脂といっしょに加熱し反応させたビヒクルは、漆の代用として使われている。
[垣内 弘]
ボイル油をビヒクルとした塗料で、ボイル油は大豆油、あまに油、桐油、魚油などの乾性油に乾燥剤を加えて、120℃以下の温度で空気を吹き込みながら適当な粘度になるまで酸化重合させたもので、これにさらに乾燥剤を加えてビヒクルとする。単にペイントあるいはペンキともいう。顔料とボイル油の配合比によって堅練りペイント(顔料85~90%)と調合ペイント(顔料60~65%)がある。油ペイントは乾きが遅く、堅さ、耐水性、耐アルカリ性に乏しい。
[垣内 弘]
油性ワニスは天然樹脂あるいは合成樹脂と乾性油の重合体を主原料とするワニスをいう。油性ワニスに顔料を分散させたものが油性エナメルで、単にエナメルあるいはエナメルペイントともいう。常温乾燥用や焼付け塗料として、安価で優れた光沢の塗膜を与える。油ペイントはビヒクルとして乾性油またはボイル油を使うのに対して、エナメルペイントは樹脂(天然樹脂やロジン変性マレイン酸樹脂、フェノール樹脂などの合成樹脂)と乾性油を加熱重合し、それに溶剤、乾燥剤を添加した粘度の低い油性ワニスをビヒクルとしている。
ワニスは一般には透明な液体で、物体の表面に塗布すると溶剤の揮発または含有成分の酸化によって乾燥し、滑らかな光沢のある塗膜を形成する塗料をいう。
[垣内 弘]
1950年ごろから急速に開発され、その優れた性質のため用途がますます拡大している。そのおもなものについて記述する。多くの合成樹脂がビヒクルとして使用されている。
(1)アルキド樹脂塗料 無水フタル酸とグリセリンまたはペンタエリスリットとから得られたポリエステルを乾性油またはその脂肪酸で変性したものである。脂肪酸と無水フタル酸と多価アルコールの三者を混合して不活性ガス中で220~250℃でポリ縮合させてポリエステルをつくる。油脂を使うときも原理は同じである。このような樹脂をアルキド樹脂といい、変性に用いた乾性油またはその脂肪酸の二重結合の数や、アルキド樹脂中の脂肪酸部分の割合(これを油長という)によって変化する。
塗料用アルキド樹脂の平均分子量は2000~3000であるが、塗装後脂肪酸の二重結合が空気酸化架橋反応をおこし、高分子量のじょうぶな網目構造をもった塗膜を形成する。この反応の触媒としてナフテン酸コバルトなどの金属塩が用いられる。これがいわゆる乾燥剤である。アルキド樹脂は構造中にヒドロキシ基や有機酸基を多くもっているので密着性に富んではいるが、エステル結合が主体なので耐水性、耐アルカリ性は低い。
(2)アミノアルキド樹脂塗料 メラミンあるいは尿素とホルムアルデヒドとをアルカリ性で反応させたのち、ブタノールなどで変性したものをアルキド樹脂と混合してビヒクルとしたもので、低温焼付けが可能である。無色透明、良好な保色性、耐候性、耐薬品性をもち、かつ堅牢(けんろう)で難燃性でもある。
(3)アクリル樹脂塗料 合成樹脂塗料の代表的なもので、アクリル酸、メタクリル酸のエステル類の共重合体をビヒクルとしたもので、メチルエステルは硬質の塗膜となり、ブチルあるいは2-エチルヘキシルエステルでは軟質となる。透明性、無変色性、光沢、耐候性などに優れ、建造物、家電製品、自動車などの上塗り塗料として広く用いられている。
(4)フェノール樹脂塗料 油溶性フェノール樹脂と油との反応物をビヒクルとするので油性塗料として分類されている。用いるフェノール樹脂はノボラック樹脂といわれるもので、フェノールとホルムアルデヒド水溶液とを酸性で反応してつくられる。下地塗り塗料や耐薬品塗料として多く用いられている。
(5)エポキシ樹脂塗料 エポキシ樹脂は反応性に富んだエポキシドとヒドロキシ基をもった樹脂であり、これが架橋反応の中心となって三次元の網目高分子の塗膜をつくりあげる。密着性と耐衝撃性や光沢が優れ、下塗り用として自動車工業に広く用いられている。
(6)不飽和ポリエステル樹脂塗料 無水マレイン酸などの不飽和二塩基性酸(有機酸基を二つ分子内にもっているもの)とエチレングリコールまたはプロピレングリコールとのポリエステル型で、塗料はスチレンやその他の不飽和モノマーに溶解して用いる。木製品仕上げ塗料として多く使用されている。
(7)ポリウレタン樹脂塗料 ポリエステル‐ポリイソシアネート系のもので、ポリオールとジイソシアナートとを反応させたウレタンの形で塗膜を形成している。床面塗料として重用されている。
[垣内 弘]
塗装に先だって、塗布面の前処理が行われる。付着している汚れは、サンドペーパーや研摩布で研摩し、あとトリクロロエチレン(トリクレン)やアセトンなどで洗浄して塗膜の密着性能をあげるようにする。一般にはそれほど表面の前処理は必要としない。
塗装方法は塗料の種類や塗装される物体によって非常に多くの方法がある。刷毛(はけ)塗り、ローラー塗り、吹付け塗装、静電スプレー塗装、静電粉体塗装、金属電着塗装などがあり、場合によって使い分けられている。塗装は1種類の塗料を1回塗装したのみで終わる場合は少なく、ほとんどの場合は2回以上塗り重ねる。塗り重ねる前に塗膜を研摩して平面性をあげる作業をとる場合が多い。1980年代以降、下塗りの電着塗装にエポキシ樹脂系カチオン電着塗料を使い、前処理を簡略化する方式が各国で採用されるようになった。仕上げ塗りはアクリル系を用いることが多い。
[垣内 弘]
1881年(明治14)に始まった日本の塗料工業は、その後の日本での工業の発展とともにその生産量を急速に増加させたが、製造業者の数も著しく増加し競争が激しくなった。
初期の塗料はニトロセルロースを溶剤に溶かしたラッカーという、速乾性があり、美しい色合いと光沢、堅い皮膜をもつものが重要視されたが、1929年(昭和4)ごろから油溶性フェノール樹脂のような合成樹脂系塗料が生産されてきた。この系統のものは塗膜硬度が著しく高く、耐酸・耐アルカリ性に優れ、速乾性のワニスであり、漆の代用として利用された。1931年に無水フタル酸、植物油脂肪酸とグリセリンとから速乾性と耐久性に優れたアルキド樹脂系塗料が登場し、第二次世界大戦前の塗料生産の中心となった。戦後は水性エマルジョン塗料、ユリア系水溶性塗料、メラミン系焼付け塗料などの実用化で始まった。その後の石油化学の発展とともに新しい溶剤であるイソプロピルアルコール、メチルイソブチルケトンやセルソロブなどが輸入され、続いて国産化された。これらを用いると一度に厚膜を形成できる固形分の多い塗料が実現した。また合成樹脂塗料自体の原料も石油化学製品となり、安価な品質の安定したものが供給されるようになってきた。さらに1950年代に、塗布してから化学反応をおこすエポキシ樹脂系塗料が開発された。これはいままでの塗膜の空気乾燥と固化という従来の油性塗料と異なり、密着性と塗膜の耐久性のよいものである。これらの反応型硬化塗料には不飽和ポリエステルやウレタン塗料などがある。
[垣内 弘]
今後の塗料は塗料中に40%以上も含まれている光化学スモッグの原因の一つである有機溶剤の使用を低下させるために、粉体塗料や紫外線硬化、電子線硬化型ないし水溶媒型の塗料が伸びていくものと考えられている。また、従来の塗料のように物体の表面の保護、着色という観点のみに限定されず、〔塗料使用の目的〕の(3)のような特別の働きをするいわゆる「機能性塗料」の発展が期待され、電波吸収塗料や電導性塗料など、すでに開発、使用されているものも少なくない。1990年代以降になると、高層建築物や海上橋梁の塗装替えが長期化するために、耐候性のよいフッ素系の樹脂塗料が採用されるようになった。
[垣内 弘]
『垣内弘著『塗料樹脂の化学』(1972・昭晃堂)』▽『神津治雄編著『塗料の実際知識』第2版(1981・東洋経済新報社)』▽『日本化学会編、為広重雄・植木憲治著『新版 塗料と塗装』(1984・大日本図書)』▽『高機能塗料編集委員会編『新素材活用シリーズ 高機能塗料』(1988・工業調査会)』▽『里川孝臣編『ふっ素樹脂ハンドブック』(1990・日刊工業新聞社)』▽『鳥羽山満著『驚異の新塗料――見えない爆撃機から太陽電池まで』(1990・講談社)』▽『色材協会編『塗料用語辞典』(1993・技報堂出版)』▽『児玉正雄ほか著『塗料と塗装』(1994・パワー社)』▽『石塚末豊ほか編『塗装ハンドブック』(1996・朝倉書店)』▽『東レリサーチセンター編・刊『機能性塗料の新展開』(1998)』▽『桐生春雄監修『水性コーティングの最新技術と市場』(1998・シーエムシー)』▽『武田進著『粉体塗料の開発と応用』(1999・シーエムシー)』▽『長谷川謙三著『早わかり 塗料と塗装技術』(2001・日本理工出版会)』▽『シーエムシー編・刊『特殊機能塗料の開発』(2001)』▽『塗料報知新聞社編・刊『塗料年鑑』2003年版(2002)』▽『植木憲二編『塗料の選び方・使い方』改訂3版(2002・日本規格協会)』▽『日本規格協会編・刊『JISハンドブック 塗料』2003年版(2003)』▽『桐生春雄ほか編著『高機能塗料の基礎と物性』(2003・シーエムシー)』▽『松田権六著『うるしの話』(岩波文庫)』
流動性の物質で,物体の表面に塗り広げた後,所定の条件のもとで固化,硬化し,連続した皮膜となり,被塗物の美化および保護などの作用をするものをいう。広義にはペイントを塗料の意味に用いることもあるが,一般には顔料を含む塗料をペイントと総称する。塗料の硬化条件には,空気中に放置,所定の温度で所定の時間加熱,電子線の照射,紫外線の照射などがある。塗料の性能としては次のものがあげられる。(1)物体の保護 防湿,防食,耐油性,耐酸性,耐アルカリ性。(2)外観や形状の変化 美装,標識,艤装(ぎそう),表面の平たん化,立体化など。(3)特殊な性能 熱や電気の伝導性や光線の吸収・反射の調節,生物の付着防止,殺虫,殺菌,音波・電磁波の吸収・反射など。塗料の構成成分は表1のように大別することができる。この表で示した塗膜形成主要素は塗膜の主体となる成分で,多くの場合,有機高分子物質である。塗膜形成副要素は塗膜の形成を助け,性能を向上させる目的で加える物質で,可塑剤,乾燥剤,硬化剤,分散剤,皮張り防止剤,増粘剤,平たん化剤,たれ防止剤,防カビ剤,紫外線吸収剤などがある。顔料は塗膜を着色し不透明性を与え,塗膜の機械的性質を補強するために用いられる。塗膜形成助要素は溶剤や希釈剤などの揮発成分をさす。
塗料の原料には,油類,天然および合成樹脂類,溶剤,無機系および有機系顔料,その他の主要素と添加剤などがあるが,水系塗料の原料としては水も含まれる。(1)油類としては,亜麻仁油,ダイズ油,サフラワー油,麻実油,キリ油,魚油,ワックスなどがある。(2)天然樹脂および加工品としては,松やに(脂),エステルガム,コーパル,ダマール,シェラック,白ラック,石油樹脂,クマロン樹脂,タールピッチなどが使われ,合成樹脂には,アルキド樹脂,アクリル樹脂,アミノ樹脂,ウレタン樹脂,エポキシ樹脂,ポリエステル樹脂,フェノール樹脂,塩化ビニル樹脂,塩化ゴム系樹脂,酢酸ビニルエマルジョン,アクリルエマルジョン,水溶性樹脂,電気絶縁用樹脂などがある。(3)溶剤としては,メチルアルコール,エチルアルコール,ブチルアルコール,イソプロピルアルコール,酢酸エチル,酢酸ブチル,アセトン,メチルエチルケトン,メチルイソブチルケトン,シクロヘキサノン,セロソルブ(エチルグリコール),トルエン,キシレン,ミネラルスピリット,石油系混合溶剤などがある。(4)その他の主要素および添加物としては,ニトロセルロース,スチレン,無機質展色剤,エチレングリコール,硬化剤,可塑剤,乾燥剤,界面活性剤などが使用される。
塗料は顔料-展色剤分散系で使用される。顔料-展色剤分散系の概念は図のように表すことができる。顔料適性とそれに関連する諸性質を表2に,また用途別塗料用顔料の種類を表3にそれぞれ示す。
塗料には数多くの品種があって,いろいろな名称で呼ばれている。これらを分類するには次のような分け方がある。(1)成分(塗膜形成主要素)による分類(塩化ゴム系塗料,ビニル樹脂塗料,油ペイントなど),(2)塗装方法による分類(カーテン塗用塗料,電着用塗料,吹付塗用塗料など),(3)乾燥方法による分類(電子線硬化塗料,冷却固化塗料,焼付乾燥塗料など),(4)被塗装材質による分類(プラスチック用塗料,木工用塗料,鉄鋼用塗料など),(5)塗膜の特殊性能(用途)による分類(さび止め塗料,船底塗料,電気絶縁塗料など),(6)塗装工程による分類(上塗塗料,中塗塗料,下地塗料)。このほかにも耐候性,塗膜の性状,塗料状態,顔料の種類などによる分類もある。現在の日本では,国の統計でもメーカーによる社内統計でも,以上の分類法のどれか一つによるというように簡単に決めることはできないので,いくつかの分類方法を便宜的に混ぜて使用しているのが実情である。
通産省の化学工業統計の分類は成分による分類を主体としているが,塗料の状態による分類(調合ペイント,エマルジョンペイント,水溶性樹脂)や塗膜の特殊性能による分類が加わっている。用途が広範囲で,性能も多様化がすすんでいる塗料の,やむをえない面である。表4に塗料の分類の一例を示す。
塗料製造工程は,(1)展色剤を合成する工程,(2)顔料を展色剤中に分散する工程,(3)添加剤,後添加展色剤,粘度調整溶剤などを混合,かくはん(攪拌)する工程に大別される。
合成樹脂塗料名を表4に示したが,塗料の性質は主として使用される樹脂により決定される。現在知られている樹脂は塗料用に種々変性されて使われるので,樹脂名を冠した塗料の名称がつけられている。塗料用の樹脂がプラスチック成形用の樹脂と異なる点は,流動性を有すること,膜が硬くて靱性(じんせい)のあること,連続膜を形成する能力のあること,被塗物上で硬化し付着すること,などの要素を有する点にある。代表的な合成樹脂塗料を以下に述べる。
(1)アルキド樹脂塗料 1液常温架橋塗料として,使いやすく美観,耐久性がよく,価格も適当であるので,建築物,構築物,船舶,重機器に広く用いられ,メラミン樹脂とブレンドした焼付塗料として,工業製品の塗装に全般的な要求性能を平均して満たす塗料として,普遍的に用いられている。他の樹脂との相溶性もよく,ニトロセルロース,アクリル樹脂,塩化ゴム,塩化ビニルなどにブレンドし,ラッカーの高分子可塑剤としての使い方も多い。フェノール樹脂,エポキシ樹脂,ケイ素樹脂などとのブロック重合や,ビニル単量体のグラフト重合も可能であり,相溶しにくい樹脂との組合せや,ブレンドによるよりもこのような重合によって性能を高めたりすることも行われる。アルキド樹脂が主剤または助剤として用いられる塗料は品種も多く,広範に使用されるが,これは,アルキド樹脂が油長(油の含有量),油の種類,多塩基酸の種類,多価アルコールの種類,合成方法,酸価,水酸基価,変性剤の組合せで,無限といえるほどの多種の配合が可能であり,目的に応じた塗料をデザインできることによっている。最も多量に使用することと,比較的製造が容易なことで,塗料工業での自製率が最も高い樹脂である。
(2)エポキシ樹脂塗料 最も一般的なエポキシ樹脂はエピクロロヒドリンとビスフェノールAから合成される。反応性に富む末端エポキシ基や水酸基を多数有しているから多様な変性が可能である。塗料としての利用を硬化法からみると,(a)アミノ樹脂,フェノール樹脂などの熱硬化性樹脂を組み合わせて,高温度で加熱硬化させる,(b)アミン類,ポリアミド樹脂で常温または加熱して硬化させる,(c)エポキシ樹脂を脂肪酸類でエステル化して酸化乾燥させるか,またはアミノ樹脂を併用して加熱乾燥させる。エポキシ樹脂塗料の特徴は付着性,硬度,たわみ性,耐水性,耐薬品性がきわめて優れていることである。耐候性は変色,チョーキングchalking(塗装後,顔料が塗膜から分離し,塗面に手を触れると指頭に顔料や粒子が付着する現象)などを起こすので不十分である。用途としては2液常温硬化型のタールエポキシ樹脂塗料(タール誘導体)が橋梁,鋼管,船舶外板,船舶内諸タンク,油類タンク,コンクリート面などに,1液常温型で加熱型もあるエポキシ樹脂耐薬品塗料は薬品タンク内面,各種管内外面,化学工場の機械設備に,フェノール樹脂で架橋させるものが多いエポキシ樹脂缶用塗料は食缶,ドラム缶,チューブ,電線用エナメルなどに,常温型でアミノ樹脂加熱型もあるエポキシ樹脂プライマーは電気機器,自動車などに使用される。
その他のおもな合成樹脂塗料については表5~8を参照されたい。
(1)古代の塗料 後期旧石器時代の人類は,骨,角,石,貝殻などの装身具を着けて,赤い土で身体を飾ったであろう。洞窟には彼らが描いた絵画が残されている。古代壁画の色には黒,赤,褐,黄,白などがあり,青,緑はあまり使われていない。顔料は赤鉄鉱,黄鉄鉱,マンガン鉱,チョーク,骨を焼いたもので,これに展色剤として植物の汁,やに,獣脂,ピッチなどを使用したと思われる。エジプト文明の塗料技術は意外に高い。顔料の種類も増えており,前3000年ころにはエジプト青(天然物を焼いて得られるケイ酸銅)が開発されている。また天然シンシャから得られる朱(硫化水銀),マラカイト(炭酸銅)も知られていた。ギリシア文明ではもっと広範囲に顔料を用いた。銅塩で着色した青や緑のガラス粉を使ったり,ある種の昆虫の分泌物から得られる美しい赤色材料を絵画に利用した。鉛白や鉛丹はいずれも紀元前の産物であり,朱と同様,中国とは別個にその製法が発達していたものと思われる。これらに使用された展色剤は,古代遺物の分析によっても不明な部分が多い。おそらくその地方で得られる最も有利な材料を適宜使ったものと考えられる。東洋特産の漆は,中国殷から西周時代にすでに車や弓を漆塗にし,また漆を貢物として取り扱ったことが記録されている。
(2)日本古代の塗料 日本先史時代の住民が顔料および塗料を使用したことは遺物,遺跡から明らかにされている。とくに古墳石室の内面に大量の赤顔料(酸化鉄系)が塗られ,棺内は鉛丹,遺骸のあった中心部には朱が残っていることが多い。装飾古墳の横穴式石室の壁面に使用されている絵具の種類は赤,黒,青,黄,緑,白などの原色に限られており,中間色はみられない。
法隆寺金堂に安置された《玉虫厨子》の絵は密陀絵(みつだえ)と呼ばれ,これが漆絵であるか油性塗であるかは論争の対象となってきた。上塗が密陀油(密陀僧(一般化鉛)を加えて加熱した乾性油)であるとすれば,油性塗の世界最古の例である。西欧における油性塗料の歴史は案外新しく,13世紀以降であり,油絵が盛んになったのは14世紀前後である。展色剤としてはほかににかわ(膠)があり,3世紀以降おもに用いられたと思われる。10世紀の《延喜式》に儀式用の盾と矛の製法と塗料配合表が記されていることから(表9),魚骨からにかわを製することは魚類の豊かな日本では相当古くから行われていたことがうかがわれる。
(3)中世以降の塗料 中世では,東洋でも西洋でも塗料は主として絵画や宗教目的に使われていた。その技術をもつ者は主として僧侶や画工たちであり,おもな展色剤はカゼインの水溶液(石灰水に溶解)や卵白であった。油性絵具が現れるのは14世紀前後である。ルネサンス(14~16世紀)には多くの顔料を使用して多彩な絵が描かれ,レオナルド・ダ・ビンチは種々の顔料について,その製法や処方を詳細に記述している。12世紀ころ,東洋からヨーロッパへ茜(あかね)や藍(あい)が渡り,さらに群青(ラピスラズリから抽出精製したもの)が渡っていた。鉛丹も朱もヨーロッパでの応用は東洋より遅れていた。16世紀以降は,ワニス類が家屋や家具の塗装に使われるようになったものの,17世紀に至るまで,東洋の漆芸のような高級木工塗装はヨーロッパにはなかった。16世紀末に,インドからシェラックが導入され,これがフランス式木工塗装を生むもとになった。
18世紀に入ると塗料の製造と応用の技術は進歩し,現代塗料工業の原形に近いものになってきた。それまでは,塗料の製造は秘伝の技術と配合を使う職人技であり,材料も高価で,宮殿,寺院のような豪華な建築物や芸術品にしか使うことができなかった。しかも,塗料製造は塗装者自身が行う仕事であった。大きな石臼に顔料と展色剤を仕込み,石製の球か〈すりこぎ〉ですりつぶし,100ガロン(約380l)程度までの塗料をつくった。18世紀半ばの産業革命時代に入ると,製造方法はしだいに機械化され,専門メーカーに移ってきた。当時の展色剤は亜麻仁油が主体で,メーカーは顔料(主として鉛白)を油で練ってペーストとした〈堅練りペイント〉を供給し,塗装者はそれを現場で亜麻仁油でうすめて仕事に適するよう自分で調合した。この形態は20世紀に入っても続いたが,何も加えずそのまま塗装できる〈調合ペイント〉ができたのは19世紀半ばであった。18世紀の油ワニスはかなり進歩したもので,18世紀から19世紀にかけて,ワニス工場が各国で設立された。天然樹脂を利用する技術は完成に近づき,20世紀に合成樹脂技術が登場するまで利用された。
(1)外国の事情 亜鉛華(酸化亜鉛,白色顔料)の製造はおもにフランスで発達し,塗料への応用は1840年ころから盛んになる。19世紀半ばに調合ペイントが出現。1828年天然群青が,35年黄鉛が,74年リトポンが合成された。またこのころカーボンブラックが発明された。有機化学の大きな進歩の一つは合成樹脂である。1833年スウェーデンのJ.J.ベルセリウスは,化学反応中に未知の原因で形成される樹脂状物質をポリマーpolymerと総称したが,これが高分子化学の発端である(合成樹脂は塗料技術に対しては20世紀に入るまで直接の影響は与えなかった)。同年ニトロセルロースが開発され,硝化度の低いもの(コロジオン)を混合し,溶剤に溶かして塗膜がつくられた。85年イギリスのパークスAlexander Parkes(1813-90)はこれを塗料に利用する特許を取得した。1872年,ドイツのJ.F.W.A.vonバイヤーはフェノールとホルマリンにより不溶性物質(フェノール樹脂の発端)を発見し,イギリスのW.スミスが初めてグリセリンと無水フタル酸からグリプタル樹脂(アルキド樹脂)を1901年工業的につくりだした。これを油で変性して塗料に適するようにしたのはさらに10年後であった。
(2)日本の塗料工業の始まり 1872年(明治5)大蔵省造幣寮において鉛室硫酸の製造が始まり,日本の化学工業は開幕した。当時では,日常必需品と建設・軍需関係材料の生産が優先され,塗料もこれに入った。しかし原材料はほとんどゼロから出発する必要があった。明治の開国当時,アメリカ海軍で使用していたペイントは,いわゆるドライペイントと呼ばれるものであった。これは鉛白と亜麻仁油が別々になったものを,使用時に練り合わせるものであった。工場で顔料と油を混練りしたペイントが輸入されたのは,明治に入ってイギリス製堅練りペイントを使うようになってからである。民間では1879-80年ころようやく堅練りペイントが使用されだした。81年光明社が創立され,顔料から塗料まで一貫して製造された。明治から大正にかけては塗料製造のためには日本独自のタイプとして,亜鉛華の製造,ボイル油の製造,塗料配合技術の3要素を必要とした。
19世紀以前は展色剤の選択は,基本的に天然油脂や天然樹脂に限られていた。20世紀に入っても急には変わらず,油性塗料の全盛期は長く続いた。フェノール樹脂が天然産のシェラックの代用となることが見いだされ(1907),大量のロジンおよびキリ油を使用したワニスが乾燥の速いことと,塗膜の強靱(きようじん)なために大量使用された。またアメリカの自動車工業の近代化によりニトロセルロースラッカーの速乾性とスプレー塗装適性により,自動車外装剤として成長した。またアルキド樹脂と混合することにより,さらに成長した塗料になった。1927年アメリカのGE社はエステル交換の技術を用いてつぎつぎと油変性のアルキドをつくり,従来の油と天然樹脂によるワニスを置き換えることに成功した。日本でも5年以内にこの技術を追随した。顔料分野ではチタン白が1908年に初めて開発された。良質な顔料が経済的に得られるようになったのは20年以降である。
執筆者:大藪 権昭
塗料を生産する産業。日本の通産省の統計では,塗料を大別して,油性塗料,ラッカー,電気絶縁塗料,合成樹脂塗料,シンナーなどに分類している。1995年の出荷金額は1兆0880億円,生産量は345万tで,そのうち油性塗料が12万t,ラッカー6万t,電気絶縁塗料8万t,合成樹脂塗料260万t,シンナー59万tなどとなっている。一方,需要は建物,道路車両,船舶,金属製品などが多い。日本の塗料工業は1881年,茂木重次郎(1859-1932)が東京芝で創業した光明社共同組合に始まる。産業の特徴としては,多品種少量生産の典型であり,中小企業が乱立している。大手の企業としては日本ペイント,関西ペイントなどがある。
執筆者:清水 敏聖
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
物体の表面に塗布し,丈夫な塗膜を形成して物体を保護し,かつ美観を与えるもの.塗料は一般に,ビヒクル(塗膜形成剤),顔料,溶剤,そのほか可塑剤,乾燥剤,硬化剤,分散剤などの添加剤の成分からなる.ビヒクルには,大別して溶剤が揮発したときに非粘着性の連続した塗膜を形成するような高分子量のポリマーと,塗布後空気中の酸素,加熱などにより重合,分子間架橋を起こして丈夫な塗膜を形成するような比較的小さな分子量のものとがある.前者のビヒクルとしては,ラックのような天然樹脂,ニトロセルロースのようなセルロース誘導体,塩化ビニル,酢酸ビニル,アクリル酸ビニルなどの重合体などが使用される.後者のビヒクルとしては,酸化硬化性の乾性油や,漆,熱硬化性のフェノール樹脂,尿素樹脂,メラミン樹脂,触媒硬化性の不飽和ポリエステル樹脂などが使用される.溶剤にはビヒクルの種類によって,アルコールやカルボン酸エステル,炭化水素類などが使用されるが,近年,有害な溶剤を避けるため,合成樹脂エマルションをビヒクルに用いて水を溶剤とした水性塗料が生産され,とくに家庭用の塗料として使用されている.塗料の種類はきわめて数が多いが,通常の目的外に,防火,かび防止,電気絶縁,発光,示温,ひずみ度分布検出などのための特殊塗料も開発されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…広義には塗料全般に対して使用される語であるが,通常は空気乾燥する防食用および美観用の汎用塗料を指す。俗にペンキともいわれるが,これはオランダ語のpekのなまり。特定条件のもとで,特殊な方法で塗装される工業用塗料(たとえば焼付け用)にはコーティングcoatingの語のほうが多く使用されるが,はっきりした区別はない。光沢のあるペイントはエナメルあるいはエナメルペイントともいわれる。狭義には顔料をボイル油で練り合わせた油性塗料をいい,一般にペンキという場合にはこれを指すことが多い。…
※「塗料」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
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