大気圏外観測(読み)たいきけんがいかんそく

改訂新版 世界大百科事典 「大気圏外観測」の意味・わかりやすい解説

大気圏外観測 (たいきけんがいかんそく)

地球大気の外に出て宇宙のさまざまな現象を観測すること。地球は1cm2当り1kgに及ぶ空気の層につつまれている。われわれが生きるために必要なこの大気は外の宇宙からくる電磁波のほとんどを吸収してしまう厚い壁になっている。この大気の壁の外には太陽からプラズマの風が吹きつけてきている。1950年代以降人類は気球を使って大気の高いところに観測装置を上げたり,観測ロケットや57年以降は人工衛星を使って大気圏外に出て宇宙の外で何が起きているかを知るようになった。この20年余りの間に人類の視界は大きく広がったのである。大気圏外観測のねらうところは大別すると二つある。一つは地上からは見ることのできない現象をその場にいって直接調べることである。もう一つは大気にさえぎられて地上には届かない波長領域の電磁波を観測して外界のようすを知ることである。

 地球には太陽からプラズマの風が絶えずふきつけている。地球自身が磁石になっているので,電離している太陽風は地磁気にさえぎられ衝撃波をつくって地球磁場を引きずりながら遠く地球の後ろに流れていくと考えられている。大気の上層部は太陽からの紫外線やX線に強く照らされ電離層を形成している。大気の層によって外来の電磁波がどの程度吸収されるかを図に示した。電波,赤外線,光,紫外線,X線,γ線の吸収をその強度が1/10に減少する高度を波長ごとに表してある。大気にほとんど妨げられずに地表に届くのは光と電波である。大気の壁にあいているこの窓を使って古来人類は宇宙を眺めてきたし,電波の窓を使って近年電波天文学が発達してきた。長い波長の電波が地表までこないのは大気上層の電離層にさえぎられていることによる。赤外線はおもに水,二酸化炭素など空気中の分子に吸収されている。複雑な分子スペクトルのようすが読みとれよう。紫外線はおもに窒素,酸素の分子によって強く吸収されている。X線領域では光電効果による吸収が波長が短くなるとともに急速に減っていく。この図から赤外線は近赤外領域の波長によっては地上あるいは山の上から見ることもできることがわかる。ハワイのハワイ島のマウナ・ケア山頂にアメリカに限らずイギリス,フランス,日本などの天文台が群がっているのは高い高度ということと,大気中に赤外線を吸収しやすい水蒸気が少ないことによるものである。赤外線は,10~20kmの高度をとぶ飛行機や,30~40kmをとぶ気球によって観測されることがわかる。

 波長の短い紫外線と波長10Åより短い(光子にしてざっと1keVより低いエネルギーの)X線を見るには100kmをはるかにこえる高度が必要である。この高度に到達するのは観測ロケットと少なくとも350km以上の高度をとぶ人工衛星である。X線,γ線も,光子エネルギー数十keVをこえると,30~40km高度の気球を使って観測することができる。

 可視光,いわゆる光は大気にほとんど吸収されることなく地表に届くが,精密な天文観測には一つの大きな障害がある。それは星のまたたきである。上層大気中の風,気温のゆらぎなどで星の光の進路がわずかに曲げられ,地上から見ると星がまたたいて見える。光学望遠鏡の角分解能は原理的には望遠鏡の口径の回折できめられるはずだが,実際はこのゆらぎによる像のぼけが角分解能の限界をきめている。アメリカが打ち上げた永年の天文学者たちの夢だったスペーステレスコープ(ハッブル望遠鏡)は,スペースシャトルによって地球を回る軌道に打ち上げられ,大気のゆらぎに妨げられずに1.2mの口径の原理的な分解能に近い性能で,これまで人間が見てきた宇宙の果てを10倍以上遠くまで広げるものである。

 地球周辺のようすを調べる科学の分野をSTP(太陽地球間物理学)とよぶようになってきている。1950年代には観測ロケットをつかって成層圏,超高層のオゾンなど各種のガスの組成が調べられ,また電離層の各層のようすが年々明らかにされてきた。ガスの組成,プラズマ粒子の空間分布,エネルギー分布,プラズマ波動,磁場等々を測る技術も次々にくふうされていったのである。60年ころ以来当初はおもにアメリカの人工衛星エクスプローラーやパイオニアなどのシリーズが次々に打ち上げられ,地球をドーナツのように囲む放射線帯太陽風,太陽風が地球前面につくる衝撃波など,地球周辺空間の物理が明らかになってきた。STPの分野では,世界中の多くのグループが地球上でも大気圏外からもいろいろな観測をすることが総合的な理解のために有効であることから,1957-58年の国際地球観測年にはじまり,たびたび国際的な総合観測が編成され,そのつど地球周辺空間への理解が段階的に深まってきている。

 1976-78年のIMS(国際磁気圏観測)には,日本からは東京大学宇宙航空研究所(のち文部省宇宙科学研究所。現,独立行政法人の宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究本部)によって軌道に打ち上げられた二つの科学衛星きょっこう〉と〈じきけん〉が参加している。〈きょっこう〉は78年に打ち上げられ,3年にわたって地球の北極域を遠くから見下ろして,オーロラの紫外線写真を刻々に撮ったが,これは他に例をみないユニークな観測だった。IMSに〈きょっこう〉とともに参加した〈じきけん〉は,78年に内之浦から打ち上げられ,遠地点が3万kmに及ぶ長円軌道をとっている。これは,太陽風が地球に吹きつけることによって地球の周りにできている磁場とプラズマの共存する磁気圏を深く探査するものである。この衛星自身による観測のほかに,〈じきけん〉は大規模な国際共同観測も行っている。南極にあるアメリカの送信局から送られる電波が磁気圏プラズマのなかを伝わっていく間に変貌していくありさまを観測しているのである。いわば地球規模でのプラズマ実験である。

 84年2月に打ち上げられた〈おおぞら〉は太陽光の高層大気による吸収スペクトルから,大気中のオゾン,二酸化炭素の地球上分布を測定している。92年に打ち上げられた日本の〈ジオテール〉は,太陽風が地球の後方に吹き流れるさまを観測した。

 大気圏外からする天文観測によって,われわれの目の前に立ちふさがっていた厚い大気の壁の外から宇宙の姿を直接眺めることができるようになった。こうして,天文学は1960年代の初期から大きく書き換えられてきているのである。大気圏外からの観測が天文学に与えたもっとも大きな影響は,X線天文学,γ線天文学の誕生である。とくにX線天文学はX線天体の発見以来わずか20年の間に画期的な進歩をみせて,光の天文学,電波天文学とともに天文学の大きな柱の一つにまで成長してきた。70年末,初めてのX線天文衛星〈ウフル〉が働いてから,SAS-3(アメリカ),Ariel5(イギリス),HEAO-1(アメリカ),HEAO-2(アインシュタイン衛星,アメリカ),〈はくちょう〉(日本),〈てんま〉(日本),EXOSAT(ヨーロッパ宇宙機構,ESA),〈ぎんが〉(日本),〈あすか〉(日本)など,X線天文衛星によって予想もされていなかった宇宙の姿が明らかになってきている。〈はくちょう〉は79年2月,〈てんま〉は83年2月にそれぞれ軌道に乗ったX線天文衛星である。〈はくちょう〉は小型ながらいろいろな機能を備えていて,中性子星,ブラックホールについて次々に新しい事実を発見してきた。こうして高密度星の物理学が解明されてくる一方で,そこからまた生まれてきた新しいなぞを解くために開発されたのが高い感度と高いスペクトル分解能を備えている〈てんま〉である。〈はくちょう〉と〈てんま〉は,83年5月に軌道に乗ったヨーロッパのEXOSATとともにX線天文観測を一手に引き受けて,理論家の夢であった一般相対論の働く極限状態の物理学の研究に携わった。

 1960年代から70年代にかけてアメリカNASAによる太陽観測衛星(OSO)シリーズ,73年に長期間にわたって軌道上で活動したスカイラブ,その他の観測によって地球大気の底からはうかがうことのできなかった太陽の姿がはっきりしてきている。80年,81年に相次いで軌道に乗ったアメリカのSMM(ソーラー・マキシム・ミッション),日本の〈ひのとり〉,その後の〈ようこう〉は,ほぼ11年を周期とする活動期の太陽を主題として日米で協力し合って数百個に上る多数の太陽フレアをとらえている。とくに大型の数個のフレアについては,そのX線像が初めて描かれ,そこに起きる物理現象の理解に大きな進展がみられたのである。

 STP観測と天文観測にあたる人工衛星は簡単にいってそれぞれに次のような特徴がある。前者は人工衛星の軌道を測ろうとするその場所までもっていくようにするのに対して,天文観測衛星は多くの場合放射線帯に突入すると各種の検出器が妨害をうけるので,500~600km以下の比較的低高度で円形の軌道をとらせることが多い。とくに天文観測の多くの場合には人工衛星の姿勢,あるいは観測装置のむく方向を精密に制御して観測しようとする天体に向けてやる必要がある。
磁気圏
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