大脳辺縁系(読み)ダイノウヘンエンケイ(英語表記)limbic system

デジタル大辞泉 「大脳辺縁系」の意味・読み・例文・類語

だいのう‐へんえんけい〔ダイナウ‐〕【大脳辺縁系】

大脳半球の内側面にある古皮質旧皮質の総称。脳梁のうりょう海馬かいばなどが属し、本能や情動の中枢で、新皮質の縁にある。

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精選版 日本国語大辞典 「大脳辺縁系」の意味・読み・例文・類語

だいのう‐へんえんけい ダイナウ‥【大脳辺縁系】

〘名〙 大脳の古皮質・中古皮質と新皮質の移行する部分の総称。情動・欲求・本能・自律神経系の機能などの基本的な生命現象を発現あるいは統御する部分。〔頭のよくなる本(1960)〕

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最新 心理学事典 「大脳辺縁系」の解説

だいのうへんえんけい
大脳辺縁系
limbic system

大脳辺縁系は,記憶,情動,嗅覚,生体の恒常性維持機能など,人間のさまざまな活動の根幹を担うきわめて重要な役割を担っている。さまざまな皮質および皮質下構造から成り,進化的にも古い歴史をもつ組織である。

 解剖学的には,大脳皮質cerebral cortexの内側に位置しており,表面からは見えない辺縁皮質limbic cortexとその下の核nucleus,およびそれらを相互につなぐ神経線維連絡から成り立っている。辺縁皮質は,脳梁corpus callosumを取り巻く円環構造から成り立っており,海馬傍回parahippocampus,帯状回cingulate gyrus,前頭眼窩野内側部medial orbitofrontal cortex,島皮質前部anterior insula,鉤uncus,側頭極temporal poleなどを含む。

 海馬傍回に背内側経路で連絡をもつ海馬体hippocampal formationには,歯状回dendate gyrus,海馬hippocampus,海馬支脚(海馬台)subiculumなどが含まれる。間脳diencephalonに位置する部位としては,視床下部hypothalamus,視床前核anterior nucleusや視床背内側核mediodorsal nucleusなどを含む視床のさまざまな核,手綱habenula,乳頭体mammilary bodyなどが挙げられる。

 これらの多くの部位と相互連絡をもつ扁桃体amygdalaも,辺縁系における中核的な部位である。さらに,中隔核septal nucleusを含む嗅皮質olfactory cortex,前脳基底部basal forebrain,大脳基底核basal gangliaにおける側坐核nuculeus accumbens,尾状核caudate・被殻putamen・淡蒼球pallidum(globus pallidus)の腹側部を含む腹側線条体ventral striatumも辺縁系組織の一部を構成している。これらの多くの部位は,脳幹brainstemとも相互の強い線維連絡をもっている。

 大脳辺縁系は,機能的には記憶,情動・動因,嗅覚に関連する処理やホメオスタシスの調整の役割を担っている。まず,記憶の処理における中心的な部位としては,海馬およびその周辺領域,視床や乳頭体などの間脳の一部,前脳基底部が挙げられる。これらの部位の多くは,パペッツ回路Papez circuitとよばれる,海馬→脳弓→乳頭体→視床前核→帯状回→海馬という多くの神経細胞が密集する内側辺縁系における回路を構成しており,記憶の符号化(記銘)および検索(想起)処理に深く関与している。この回路における脳弓fornixは,海馬から乳頭体への線維束(線維連絡)を意味し,乳頭体と視床を結ぶ乳頭体視床束mammilothalamic tract,乳頭体視床束と近接し,視床の前部において線維束を構成する下視床脚inferior thalamic peduncle,視床後部における視床枕pulvinarを経由する側頭視床枕束temporo-pulvinar bundleとともに,記憶のさまざまな処理に深くかかわっている。

 病理学的には,これらの部位の一部が損傷を受けると,器質性健忘organic amnesiaの症状が認められる場合が多く,海馬およびその周辺部位の損傷を伴う側頭葉性健忘temporal amnesia,乳頭体や視床背内側核などの損傷を伴うコルサコフ症候群Korsakoff syndrome,前脳基底部の損傷を伴う前脳基底部健忘basal forebrain amnesiaなどに分類される。

 大脳辺縁系の損傷による症状としては,一般に短期記憶や手続き記憶の障害は顕著でなく,知能や言語なども正常範囲内である一方で,程度の差はあるものの,発症後に起こった新しい事象についての記憶障害である前向健忘anterograde amnesiaや,発症前に起こった出来事についての記憶障害である逆向健忘retrograde amnesiaが認められる場合が多い。短期記憶と長期記憶という記憶の二重貯蔵モデルtwo-store memory modelが提案されるうえで重要な位置づけとなった症例H.M.(当時,本名非公開)は,側頭葉性健忘に分類することができる。情動や動因に関連する処理を担う中心的な部位としては,扁桃体,前頭眼窩野内側部,島皮質前部,大脳基底核などが挙げられる。これらの部位の一部は,ヤコブレフ回路Yakovlev circuitとよばれる,扁桃体→視床背内側核→前頭眼窩野内側部→鉤状束→側頭葉皮質前部→扁桃体という外側辺縁系における回路を構成しており,情動にかかわるさまざまな処理に関与している。また,これらの部位の多くは,社会脳social brain,倫理脳moral brainとよばれる神経ネットワークの中核としても位置づけられており,情動や動因,報酬処理などがいかに社会性や倫理判断に深くかかわるかが理解できる。

 扁桃体は,一次感情,すなわちわれわれの身に危険が及ぶような刺激を察知する際に必要となる,生得的に備わった感情反応に関与する部位であり,覚醒度の制御にかかわる機能を担っているとされている。サルを用いた実験では,扁桃体を含む両側側頭葉切除により,情動反応や防衛反応がきわめて乏しくなり,性行動や食行動にも異常が認められることが明らかにされている。これは,クリューバー-ビューシー症候群Klüver-Bucy syndromeとよばれている。人間における扁桃体損傷の原因は,脳炎てんかん発作の治療を目的とした扁桃体切除(ロベクトミー),ウルバッハ-ビーテ病Urbach-Wiethe diseaseなどであり,その症例報告から,扁桃体が情動や報酬と結びついた学習や記憶,顔表情の理解などに関与することが示されている。これらの結果は,機能的磁気共鳴画像fMRI)を用いた脳機能画像研究によっても支持されている。

 大脳基底核における側坐核は,扁桃体から投射を受ける部位の一つであり,報酬や快楽に関連した処理を担う部位として知られ,ドーパミン代謝との関連が指摘されている。また,前頭眼窩野内側部や島皮質前部は,扁桃体の活動を受け,自律神経活動や内分泌活動の制御や調整をしたり,主観的な感動体験を生み出したり,さらにはそれらを基にした意思決定などにも幅広く関与することが知られている。これらの部位の損傷により,情動や動因にかかわるさまざまな処理に不具合が生じ,その結果として,主観的な身体感覚(内受容感覚interoceptive sensitivity)の異常,不適切な意思決定,人格障害などに発展する可能性が指摘されている。前頭眼窩野内側部や島皮質前部は,脳幹との強い線維連絡をもつ視床の各部位,帯状回とともに,ホメオスタシスの制御や調整にも関連する部位である。

 大脳辺縁系機能の一つである匂いの認識については,嗅覚機能を担う嗅皮質(嗅覚皮質)olfactory cortexが重要な役割を担っている。まず鼻腔に取り込まれた物質が,嗅上皮の嗅細胞によって感知され,その信号が嗅神経を通して嗅球olfactory bulbへと伝わり,それが嗅皮質に伝達されることで匂いとして認識される。嗅皮質は,とくに扁桃体と強い神経線維連絡をもっており,進化的にも危険な状況を回避するうえで必要不可欠な機能を担っている。辺縁系における各部位は,前述のような局所脳損傷に伴う各病態に加え,統合失調症,不安障害,パニック障害,強迫神経症,認知症,パーキンソン病,てんかんなど,さまざまな精神疾患や神経疾患の症状とも密接な関係があることが知られている。 →記憶障害 →嗅覚 →社会脳 →大脳基底核
〔梅田 聡〕

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改訂新版 世界大百科事典 「大脳辺縁系」の意味・わかりやすい解説

大脳辺縁系 (だいのうへんえんけい)
limbic system

本来,嗅覚(きゆうかく)との関連において発達をとげた脳の系統発生的に古い皮質部分で,おおよそ広義の嗅脳に相当する。辺縁系という用語は主として比較解剖学的研究を基にして名づけられた辺縁葉limbic lobeに由来するが,この辺縁葉という言葉は,1878年P.ブローカが,室間孔の周囲を環状にとりまいている脳の中心部分に対してle grand lobe limbiqueという名称を与えたのに始まるとされている。現在,辺縁葉についてだれをも納得させうる定義づけができているわけではないので,辺縁葉と嗅脳との区別も明らかではない。しかし,一般的には辺縁葉は,帯状回,脳梁灰白質,海馬,歯状回,海馬支脚およびその近傍域,嗅内野,前梨状皮質,中隔核,嗅覚結節や扁桃核の一部などを含んでいる。さらに前頭葉眼窩(がんか)面後部,側頭葉前部,視床前核,側坐核,手綱核,視床下部までも含めていう場合もある(旁辺縁系領域)。

 辺縁系はこのように形態学的にも機能的にも,嗅覚系,自律神経系の領域とつながりをもっているが,そのほかに上位の皮質連合野(前頭前野や側頭葉など)や下位の中脳網様体系とも連絡しており,動物一般に共通な本能行動(摂食反応や性的行動など)や情動の発現(恐れ,怒り,不安,抑うつ,温和化,行動活発化)と深い関連をもっている。このように,自律神経系,内分泌系の統御機能を行うと同時に,大脳皮質連合野によってコントロールされた短期記憶や情動の発現の場であると考えられる。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「大脳辺縁系」の意味・わかりやすい解説

大脳辺縁系
だいのうへんえんけい
limbic system cerebrum

大脳半球の内側および底面にあたる皮質辺縁系 (梨状葉,海馬回,帯状回,後眼窩回,側頭極) とその基底核 (扁桃核,中隔核など) ,さらに機能のうえで一体となって働く視床下部も含めて大脳辺縁系という。自律系の統合中枢で,呼吸,循環,排出,吸収などに関与することから内臓脳ともいわれる。また情動の形成,個体および種族維持に必要な本能的欲求の形成が行われるので情動脳ともいわれる。ここを刺激すると,体性運動系および自律系に広い範囲の影響がみられ,また食欲,性欲に伴う摂食行動,性行動,集団行動などが起る。海馬回は記憶に関係している。

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百科事典マイペディア 「大脳辺縁系」の意味・わかりやすい解説

大脳辺縁系【だいのうへんえんけい】

大脳で新皮質(大脳皮質)の発達とともに,旧皮質,古皮質との間に移行部分が発達する。この移行部と古皮質,旧皮質とを合わせて大脳辺縁系と総称する。広義の嗅脳と同義。古くから嗅覚(きゅうかく)に関係することが知られていたが,そのほか情動・本能などの基本的生命現象を発現あるいは統御することが知られている。

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