奥田貞右衛門 おくだ‐さだえもん
 
1678‐1703
江戸時代前期の武士。
延宝6年生まれ。奥田孫太夫の養子。播磨(はりま)(兵庫県)赤穂(あこう)藩士。赤穂四十七士のひとり。加東郡勘定方、または部屋住みとも。養父、実兄の近松勘六とともに討ち入りにくわわった。元禄16年2月4日水野邸で切腹。26歳。名は行高。
-
この辞書の凡例を見る
- (C)Kodansha 2009
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。