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女御 【にょうご】

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世界大百科事典 第2版の解説

にょうご【女御】 

天皇キサキの称。いわゆる令外のキサキである。初見は《日本書紀》の雄略紀であるが,事実ではない。その名称は《周礼》の〈八十一女御〉に倣ったものであろう。桓武朝における紀乙魚,百済王教法の例を確実な初見とするが,実質的には光仁朝においてすでに存在した。令制の(ひ),夫人(ぶにん),(ひん)の下位に位置づけられたが,その子は必ず親王とされ,嵯峨以降源氏賜姓からも除外された。女御には位階定員についての規定もなく,比較的自由任命可能であった。


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大辞林 第三版の解説

にょうご【女御】
 
〔「にょご」とも〕
天皇の寝所に侍した女性で,皇后・中宮の下,更衣の上の格。多くは摂関など名家の子女から選ばれ,人数は不定。平安中期以降,女御から皇后を立てるのが例となった。
上皇・皇太子の妃。


にょご【女御】
 
⇒ にょうご(女御)


(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

にょう‐ご 【女御】
 
後宮(こうきゅう)に入り天皇の寝所に侍した高位女官皇后中宮に次ぎ、更衣の上に位した。主に摂関の娘がなり、平安中期以後皇后に立てられる者も出た。にょご。「いづれの御時にか、―、更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに」〈・桐壺〉
上皇皇太子の妃。「三条の院の東宮にておはしましし折の―にて」〈大鏡・師尹〉

にょ‐ご 【女御】
 
⇒にょうご(女御)

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

女御
にょうご

「にょご」ともいう。天皇の寝所にはべる婦人の称。中宮の次に位した。初見は『日本書紀』雄略天皇の条にあるが,桓武天皇のとき,紀乙魚 (きのおとな) ,百済教法 (くだらのきょうほう) を女御としたのが最初とされる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。


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百科事典マイペディアの解説

女御 【にょうご】

〈にょご〉とも。天皇の妻妾(さいしょう)のうち,中宮の下,更衣(こうい)の上。律令制の妃(ひ)・夫人(ぶにん)・嬪(ひん)に代わって平安時代に女御・更衣が立ち,のち女御の中から皇后を選ぶのが例となった。
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世界大百科事典内の女御の言及

【後宮】より
…一方,宮人全体の地歩も高まり,777年(宝亀8)ごろから〈女官(によかん)〉としての位置づけが明確化した。そして《延喜式》(927成立)には妃,夫人,女御(にようご)の后妃がみえるが,定員のない女御は光仁朝に登場したと推測され,平安初期には更衣(こうい)も生まれて,妃,夫人の称号も廃絶した。なお平安京の内裏では承香(しようきよう)殿,常寧殿,貞観(じようがん)殿,弘徽(こき)殿,登華殿,麗景殿,宣耀(せんよう)殿の7殿,昭陽舎,淑景(しげい)舎,飛香(ひぎよう)舎,凝華(ぎようか)舎,襲芳(しゆうほう)舎の5舎を後宮という。…
【入内】より
…今日の婚姻に当たる。平安時代前期,関白藤原基経の女穏子が醍醐天皇の女御となり,ついで皇后に冊立されて以来,皇后は女御より進む例が多くなるに伴い,女御入内が大婚の儀に相当するようになった。女御入内の時期は,天皇の践祚または元服の年あるいはその翌年を標準とするが,必ずしも特定していない。…
【大婚】より
…大宝・養老令制によると,後宮には嫡妻である皇后のほかに,妃・夫人・嬪(ひん)がおかれ,皇后は内親王に限り,その他は貴族出身の女子としたが,大婚の儀制は制度的にも実際的にも明らかではない。ついで奈良時代中期に夫人から皇后に昇る例が開かれ,さらに平安時代に入ると,妃・夫人・嬪の制がしだいにすたれ,代わって女御・更衣がおかれ,なかんずく皇族や摂関家などの上級貴族の女が女御となり,やがて女御から皇后に昇るのが常例になって女御の地位が高まると,女御入内が大婚に相当するようになり,盛大な儀式が行われた。しかし明治維新後,女御など後宮制度が改革され,天皇の妻后が皇后1人になると,大婚と同時に立后の儀が行われて,大婚すなわち立后を意味するようになった。…
※「女御」について言及している用語解説の一部を掲載しています。


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女御に近い言葉→斎宮女御|女御子|王女御|女御代|弘徽殿の女御|美女御前|祇園女御九重錦|《はなだの女御》|女御腹|亭子女御

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