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宋紫石【そう・しせき】
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朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
正徳5 (1715)
没年: 天明6.3.11 (1786.4.9)
江戸中期の南蘋派の画家。本姓は楠本。字は君赫,または霞亭。通称幸八郎。雪渓,のちに雪湖と号した。江戸の人。中年,長崎に遊学して熊斐から沈南蘋の画法を学び,次いで来日中の清人宋紫岩にも師事して宋紫石と改名した。宝暦9(1759)年ごろ江戸に帰り,南蘋画風の紹介,普及に努めた。著に『宋紫石画譜』『古今画藪』,作品に「芭蕉小禽図」(浅草・徳本寺蔵),「富岳図」(大和文華館蔵)などがある。杉田玄白,平賀源内と交友し,西洋画にも興味を示した。子の紫山,孫の紫岡があとを継いでいる。弟子に土方稲嶺,岡岷山らがおり,また司馬江漢,酒井抱一,蠣崎波響も一時期,紫石に学ぶなど,江戸の画壇におよぼした影響は大きい。
(武田光一)
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
宋紫石 そう-しせき
 
1715-1786 江戸時代中期の画家。
正徳(しょうとく)5年生まれ。長崎で熊代熊斐(くましろ-ゆうひ),宋紫岩(しがん)にまなび,師の姓を名のる。沈南蘋(しん-なんぴん)風の写生的な花鳥画を江戸にひろめた。平賀源内著「物類品隲(ひんしつ)」の挿絵をえがく。天明6年3月11日死去。72歳。江戸出身。本姓は楠本(くすもと)。字(あざな)は君赫。通称は幸八郎。別号に雪渓,雪湖,霞亭。編著に「古今画藪(がそう)」,作品に「雨中軍鶏図」など。
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
美術人名辞典の解説- 江戸中・後期の画家。江戸生。紫山の父。姓は楠本、字は君赫、通称は幸八郎、号を雪渓・雪湖・宋岳。幼時から画を好み、長崎で熊代熊斐・清人宋紫岩に画法を学び、江戸に帰り宋紫石と名のる。山水・花卉に優れる。江戸に沈南蘋派の写生的花鳥画を広めた。天明6年(1786)歿、75才。
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