宝円寺跡(読み)ほうえんじあと

日本歴史地名大系 「宝円寺跡」の解説

宝円寺跡
ほうえんじあと

[現在地名]大村市池田

池田いけだ山にあった古義真言宗寺院の跡。多羅山千手院と号し、本尊は不動明王。大村領内四ヵ寺の一つ。初め太良岳山金泉きんせん寺と称した。和銅年間(七〇八―七一五)行基が松原まつばら浦で奇異な影を見たので礼拝するとこおり岳に飛来、その岳に赴くと弥陀・釈迦・観音の三仏があったため、そこに堂社を建立し、太郎山たらさん大権現と称して、神宮寺を置いた。その後、郡岳から萱瀬かやぜの奥の太良たら(多良岳)山頂に移され、太良山大権現と称し、神宮寺太良岳山金泉寺もその下手に建立された。大村家の祈願所として領主庇護を受け、大村・萱瀬の地に寺領四六石を与えられたという(大村郷村記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報