デジタル大辞泉
「寿々木米若」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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寿々木 米若
スズキ ヨネワカ
- 職業
- 浪曲師 俳人
- 肩書
- 日本浪曲協会長
- 本名
- 藤田 松平
- 生年月日
- 明治32年 4月5日
- 出生地
- 新潟県 中蒲原郡
- 経歴
- 農家に育ったが、美声の一家で、叔父は浪曲師の初代寿々木米造。浪曲家を志し大正9年上京、2代米造に入門。すぐ二ツ目に上り、米若と名乗った。3年後真打披露して独立。昭和3年渡米し、帰国後、民謡「佐渡おけさ」からヒントを得た「佐渡情話」が大人気となる。哀切な語りと美声が特長だった。一方、俳句もよくし高浜虚子に師事して「ホトトギス」に投句、24年同人となる。句文集「稲の花」がある。
- 受賞
- 紫綬褒章〔昭和39年〕,勲四等瑞宝章〔昭和40年〕
- 没年月日
- 昭和54年 12月29日 (1979年)
- 親族
- 伯父=寿々木 米造(初代)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
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寿々木 米若
スズキ ヨネワカ
大正・昭和期の浪曲師,俳人 元・日本浪曲協会長。
- 生年
- 明治32(1899)年4月5日
- 没年
- 昭和54(1979)年12月29日
- 出生地
- 新潟県中蒲原郡
- 本名
- 藤田 松平
- 主な受賞名〔年〕
- 紫綬褒章〔昭和39年〕,勲四等瑞宝章〔昭和40年〕
- 経歴
- 農家に育ったが、美声の一家で、叔父は浪曲師の初代寿々木米造。浪曲家を志し大正9年上京、2代米造に入門。すぐ二ツ目に上り、米若と名乗った。3年後真打披露して独立。昭和3年渡米し、帰国後、民謡「佐渡おけさ」からヒントを得た「佐渡情話」が大人気となる。哀切な語りと美声が特長だった。一方、俳句もよくし高浜虚子に師事して「ホトトギス」に投句、24年同人となる。句文集「稲の花」がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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寿々木米若
すずきよねわか
(1899―1979)
浪曲師。本名藤田松平。新潟県生まれ。伯父が地方回りの浪花節(なにわぶし)語りで、幼少期から浪花節に興味をもち、20歳のとき伯父の師匠の寿々木米造を頼って上京。1933年(昭和8)に発表した『佐渡(さど)情話』が全国的に大ヒットした。重厚な美声の持ち主で、民謡を取り入れた流麗な節回しの連続が独得な境地を切り開いた。第二次世界大戦後の混乱期に浪曲協会の会長を務め、信頼を集めた。
[秩父久方]
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
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寿々木米若 すずき-よねわか
1899-1979 大正-昭和時代の浪曲師。
明治32年4月5日生まれ。2代寿々木亭米造に入門。昭和8年,浪曲に民謡をとりいれた自作の「佐渡情話」のレコードがヒットし,映画化もされ全国に知られた。日本浪曲協会会長。昭和54年12月29日死去。80歳。新潟県出身。本名は藤田松平。前名は寿々木亭米若。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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寿々木米若【すずきよねわか】
浪曲師。本名藤田松平。新潟県生れ。1930年自作の《佐渡情話》のレコードが発売され,爆発的なヒットとなった。情緒のある〈米若節〉で一時代を画し,日本浪曲協会会長を数次にわたり務めるなど,浪曲界の大御所的存在であった。
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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寿々木 米若 (すずき よねわか)
生年月日:1899年4月5日
大正時代;昭和時代の浪曲師;俳人。日本浪曲協会長
1979年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の寿々木米若の言及
【佐渡情話】より
…浪曲の演目。浪曲家の寿々木米若(すずきよねわか)が,1933年,レコード吹き込みの際即席で書き上げたといわれる。柏崎から漁に出て嵐のなか助けられた吾作と,土地の娘お光の,佐渡を舞台とする恋物語だが,恋人を忘れかねるお光が,たらいの船で柏崎を指して行くくだりの哀調あふれた美声が評判となって,浪曲師としての寿々木米若の地位を高めた。…
※「寿々木米若」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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