山下郡(読み)やまもとぐん

日本歴史地名大系 「山下郡」の解説

山下郡
やまもとぐん

戦国期に成立したとされ、近世初頭までみられる郡名。古代以来の安房郡域であるが、のち神余かなまり(神余郷)と称する地域が生じ、さらに山下郡と改称したという。平砂へいさ浦に注ぐともえ川上流の現館山市南部の神余は神余郡の遺称地で、小地名の山下やましたはその名残ともされる。しかし神余郡は中世史料にみえず、神余郷ですら天正一七年(一五八九)にみえるのみである(九月一日「里見義康知行充行状」川辺裕氏所蔵文書)。ただし保元の乱で源義朝の軍勢として参加した金鞠氏は(保元物語)、神余を本拠とする武家であり、平安期からの開発が想定される。「里見九代記」「里見代々記」「房総里見軍記」などの軍記類や延命寺本里見系図・金丸氏家系などの系図によると、「神余ノ郡司」の伝統をもつ神余氏がおり、応永―永享期(一三九四―一四四一)に神余景員の家臣の山下左衛門(定兼または景胤とも)謀反を起こし、主君を殺害し、神余郡(安房郡ともする)を山下郡と改称したと伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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