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山本権兵衛【やまもと・ごんべえ】
7件の用語解説(山本権兵衛で検索)
朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
嘉永5.10.15 (1852.11.26)
没年: 昭和8.12.8 (1933)
明治大正期の海軍軍人,政治家。鹿児島県出身。名は「ごんのひょうえ」ともいう。戊辰戦争に従軍。明治7(1874)年海軍兵学寮卒業。海軍建設の最大の功労者,「海軍の父」と称せられ,また,薩派(鹿児島県出身者による派閥)の重鎮でもあった。高千穂艦長,海軍省主事,海軍省副官,軍務局長兼将官会議議員,大本営参謀官を歴任。古参将官の整理を主導,海軍の軍制上の諸制度確立に活躍した。31年第2次山県有朋内閣から日露戦争をへて第1次桂太郎内閣まで海相。海軍拡張を進め,戦時大本営条例の改正を通じて二元統帥権を確立,海軍の地位向上に尽くした。また,海相として日露戦争を勝利に導いた。37年海軍大将。40年伯爵。日露戦争は海軍および薩派の重鎮として桂園時代を側面から支持。大正2(1913)年の大正政変後,立憲政友会と結び内閣を組織。行財政整理法案は成立しなかったものの,元老・陸軍・官僚の圧力を排除して軍部大臣武官制・文官任用令の改正を行った。だが,翌3年発覚したシーメンス事件により辞職。その後,12年9月関東大震災直後,再び薩派を母体に後藤新平,犬養毅らと結んで組閣。しかし,東京復興ならぬうちに虎ノ門事件により13年1月辞職した。昭和期には政治的に引退。<参考文献>故伯爵山本海軍大将伝記編纂会編『伯爵山本権兵衛伝』,山本四郎『山本内閣の基礎的研究』,江藤淳『海は甦える』
(小池聖一)
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世界大百科事典 第2版の解説-
やまもとごんべえ【山本権兵衛】
1852‐1933(嘉永5‐昭和8)
明治・大正期の海軍将官,大将。政治家。名前は〈ごんのひょうえ〉とも。薩摩藩士山本盛珉の六男。戊辰戦争に従軍。維新後海軍兵学寮に入り,1874年卒業。76年艦務研究のためドイツ軍艦に乗り組み,世界周航。87‐88年樺山資紀の随員として欧米視察。高雄,高千穂艦長,海軍軍務局長を経て,98年第2次山県有朋内閣の海相となり,以後第4次伊藤博文,第1次桂太郎内閣に留任。日露戦争では開戦回避を唱えた。この間1902年男爵,04年大将。・・・
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軍令部【ぐんれいぶ】
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
山本権兵衛 やまもと-ごんべえ
 
1852-1933 明治-大正時代の軍人,政治家。
嘉永(かえい)5年10月15日生まれ。海軍の改革につとめ,第2次山県(やまがた)・第4次伊藤・第1次桂(かつら)内閣の海相を歴任。日清(にっしん)・日露戦争では作戦を統括。大正2年と12年首相となるが,それぞれシーメンス事件と虎ノ門事件で辞職。海軍大将,伯爵。昭和8年12月8日死去。82歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身。海軍兵学寮卒。
【格言など】人力のいかんともなしえざるにいたらば,心静かに天命を待つの覚悟が必要で,うろたえたり,悲しんだりすることは絶対不可である(死期をさとったとき)
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル大辞泉の解説-
やまもと‐ごんべえ 〔‐ゴンベヱ〕 【山本権兵衛】
[1852~1933]軍人・政治家。海軍大将。鹿児島の生まれ。海相として日露戦争を遂行。首相となり、薩摩閥内閣を組織したが、ジーメンス事件で総辞職。第二次内閣では関東大震災後の東京復興にあたったが、虎ノ門事件で総辞職。
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百科事典マイペディアの解説-
明治・大正の海軍軍人,大将,政治家。名は〈やまもとごんのひょうえ〉とも。薩摩(さつま)鹿児島藩の出。海軍兵学寮卒。日清戦争では作戦指導に当たり,日露戦争では海相。
(1852-1933)
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大辞林 第三版の解説-
やまもとごんべえ【山本権兵衛】
(1852~1933) 軍人・政治家。薩摩生まれ。海軍大将。1898年(明治31)第二次山県内閣の海相。以後薩摩閥の実力者として重きをなす。1913年(大正2)と関東大震災直後の二度組閣。ジーメンス事件・虎ノ門事件によりいずれも総辞職した。
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