日本が2000年に署名した国際組織犯罪防止条約は「重大な犯罪の合意(共謀)」などを犯罪化するよう義務付けている。政府はこれを根拠に03~05年、共謀罪の新設を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を3回にわたって国会に提出。しかし適用対象を「団体」と曖昧にしていたことなどから、「市民団体や労働組合にも適用される」といった批判が上がり、いずれも廃案となった。適用対象を「組織的犯罪集団」と規定し、現場の下見などの「準備行為」を構成要件に加えた改正法が成立し、17年7月に施行。政府は「共謀罪」の呼称は避けてテロ対策を強調し、「テロ等準備罪」と呼んでいる。
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複数の者で特定の犯罪を実行することを協議し、合意することで成立する犯罪。共謀罪の典型は、英米刑法のコンスピラシーconspiracyである。コンスピラシーは、14世紀のイギリスで、複数の者の結合による重罪の誣告(ぶこく)(虚偽告訴)の企てを国王の布告により処罰したことを起源とする。その背景に、他人を陥れるために虚偽の告訴をしようとする者が、自らは処罰のリスクを避けるため、刑事責任を問われない子供などを代理にたてるようなこともあったとされる。当時は、告訴の結果、相手方が無罪となった場合に虚偽の告訴者は共謀罪として処罰された。さらに、17世紀の判例により、犯罪となるべき行為についての人的結合(複数人で結び付く行為)そのものが処罰されるとされ、コンスピラシーは国王布告を離れた判例法上の犯罪となった。コンスピラシーは、その後、英米ではコモン・ロー上の犯罪とされ、共謀の処罰対象も拡大されていった。その結果、共謀の対象は刑法上の犯罪に限定されず、民事上の不法行為の共謀も処罰対象となるとの広い解釈もとられ、19世紀には、労働運動の弾圧にも猛威を振るった。現在では、コンスピラシーは制定法上の犯罪にもなっており、とくにアメリカでは、連邦および州の刑法に広く共謀罪の処罰規定がある。
日本では、1880年(明治13)制定の旧刑法の時代から、内乱や外患など重大な犯罪の陰謀罪があった。また、1884年の秩父事件をきっかけに制定された爆発物取締罰則は、爆発物使用の共謀を処罰している(法定刑は、3年以上10年以下の懲役または禁錮)。共謀の処罰規定は、そのほかに、破防法(破壊活動防止法)や、防衛秘密保護法(日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法、MDA秘密保護法)、特定秘密保護法などにもみられる。また、日本の刑事実務では、共謀共同正犯の理論が定着しており、判例では、予備罪にも共謀共同正犯があるとされる。それゆえ、日本では、予備罪の処罰規定のある重大な犯罪(60程度ある)では、上記の制定法上の共謀罪を超えて、共謀による犯罪が実質上比較的広く処罰される状況にあるともいえる。
それにもかかわらず、日本で共謀罪の是非が取りざたされてきたのは、2000年(平成12)に国連総会で採択され、同年に日本も署名した国際組織犯罪条約(TOC条約)の締結問題があるからである。TOC条約の締結に必要な立法措置の一つに、条約第5条に規定される「組織的な犯罪集団への参加」の犯罪化がある。日本では上記のような共謀処罰規定がすでにあることから、国内担保法として、条約第5条の定める犯罪類型のうち、合意罪(金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接・間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一または二以上の者と合意する罪)に対応する規定を設けることが適当で、そのために共謀罪の創設が必要とされた。しかし、日本の刑事法では、TOC条約のいう重大犯罪(長期4年以上の自由を剥奪(はくだつ)する刑またはそれより重い刑を科すことができる犯罪)に該当するものは600を超えるが、そのような多数の犯罪を一括し、共謀の段階で処罰することは、実行の段階で初めて処罰が可能としてきた刑法体系と整合がとれない。また、人の間のコミュニケーションである共謀を処罰対象とすることは、内心の自由や結社の自由を侵害するもので、犯罪の立証に必要な証拠を得るための捜査機関による監視や取調べの強化につながるとの批判が根強くあった。そのような事情から、共謀罪の新設などを内容とする組織的犯罪処罰法改正案は、2003年3月に国会に上程されて以来、TOC条約第5条のオプションである「合意の内容を推進する行為」を要件に加える等の修正案が出たものの、2005年の郵政選挙や2009年の政権交代などもあり、3度廃案となった。こうした経緯をみたうえで、政府は2017年に、共謀罪にテロ対策の意味合いをもたせて対象犯罪を絞り込み、実行準備行為を要件に加えた「テロ等準備罪」の新設を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案を国会に上程し、成立をみた。政府は、これにより、条約に必要な国内担保法は整備されたものとみなし、組織的犯罪処罰法の改正法の施行日である2017年7月11日にTOC条約を締結した。
TOC条約第5条の犯罪類型には、共謀罪以外に、組織的犯罪集団への参加罪(組織的な犯罪集団の目的等を認識しながら、当該集団の活動に積極的に参加する罪)がある。これは、犯罪結社罪に対応する。共謀罪が英米法系で広くみられるのに対し、犯罪結社罪は、ドイツやフランスなどのヨーロッパ大陸諸国系の刑法のものである。もっとも、ドイツやオーストリアでは、犯罪結社罪のほかに、重大な犯罪についての合意罪等が存在し、これは共謀罪に相当する(とくにドイツでこうした規定ができたのは、政府要人の暗殺(未遂)事件をきっかけとする)。しかし、英米のコンスピラシーと異なり、ドイツ等の合意罪は、合意された犯罪が実行された場合には、これに吸収されるので、合意罪だけが独立に処罰されることはない。合意された犯罪が実行された場合の取扱いは、日本の共謀罪や「テロ等準備罪」も同様である。このような違いがあるのは、英米のコンスピラシーは、それ自身が社会にとって危険な存在で、実行犯罪とは別の社会法益に対する罪とされるのに対し、ドイツや日本の合意罪ないしは共謀罪は、実行犯罪の前段階に位置づけられるからである。すなわち、日本やドイツの刑法では、犯罪の実行の処罰が原則であり、合意・共謀や予備は重大な犯罪について、例外として処罰するとしているだけである。そのため、犯罪が実行された場合、合意・共謀や予備など、その前段階で行われた行為の処罰は問題とならない。
[安達光治 2018年9月19日]
(2015-11-19)
「テロ等準備罪」のページをご覧ください。
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