小説家。北海道松前生まれ。洋画家を志して太平洋画会研究所に学ぶ。早稲田(わせだ)大学英文科在学中、『涯(はて)なき路』(1918)が『新愛知』新聞の懸賞小説に当選。卒業後、『文章世界』の編集に従事し、浜田広介(ひろすけ)らと同人雑誌『地平線』を創刊。1921年(大正10)渡仏し、2年後帰国してコントを紹介、提唱した。25年『文芸日本』を主宰し、『不同調』同人としても活躍。新興芸術派にも加わり『物質の弾道』(1930)を刊行。戦時下の庶民の哀歓を描いた『伸六行状記』(1940)は評判をとった。
[神谷忠孝]
『『現代日本文学大系91 現代名作集一 岡田三郎篇』(1973・筑摩書房)』
発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...
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