岸和田庄(読み)きしわだのしよう

日本歴史地名大系 「岸和田庄」の解説

岸和田庄
きしわだのしよう

深野ふこの(現大東市)西岸、岸和田付近にあたる。永暦元年(一一六〇)一〇月、後白河上皇が近江坂本より日吉社を勧請して京都東山に新日吉いまひえ社を創立したとき、上皇より社家に寄進された庄園で、同二年正月日の後白河上皇院庁寄進状案(妙法院文書)に「一処字葛原岸和田庄在河内国」とある。康永三年(一三四四)七月日の某親王家解文(同文書)に「河内岸和田庄(中略)昌雲大僧正累祖相承之地也、而社家草創之最初所寄付社領也」と葛原くずはら(現寝屋川市)の場合と同様、その由緒が語られている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報