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平沼騏一郎【ひらぬま・きいちろう】

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  • 朝日日本歴史人物事典の解説

  • 生年: 慶応3.9.28 (1867.10.25)
    没年: 昭和27.8.22 (1952)
    明治から昭和前期の司法官,政治家。美作国(岡山県)津山藩士平沼晋の家に生まれ(兄は淑郎),明治21(1888)年帝国大学法科大学を卒業。司法省に入り,32年東京控訴院検事に補せられ,以後検事畑を進み,38年大審院検事,39年司法省民刑局長。40年英・独・仏に派遣され,また法学博士号を受ける。この間日糖事件,大逆事件などの取り扱いで名を上げた。44年刑事局長,大正1(1912)年検事総長に補せられ,以後約10年その職にあり,シーメンス事件,大浦事件などで腕を振るった。同時にこの前後様々な委員となり,数多くの立法,法改正の事業に参画。10年大審院長,12年第2次山本権兵衛内閣の司法大臣に任じられ,国民精神作興に関する詔書に関与した。社会主義の勃興に危機感を抱き,13年国本社を組織して社長。12年日本大学総長。13年枢密顧問官,15年枢密院議長,また男爵を授けられた。この前後から司法関係を中心に官僚,軍人,民間に反既成政党,「復古現状打破」的な志向を持つ平沼閥の存在喧伝され,中間内閣首班候補とみなされ,反対派からはファッショ非難された。昭和11(1936)年枢密院副議長就任ののち国本社を解散。14年1月大命を受け組閣。前内閣からの防共協定強化問題苦慮した揚げ句,独ソ不可侵条約締結を機に辞職。このころから「現状維持」派と目され,16年に狙撃され重傷。15年末の第2次近衛内閣の改造で内務大臣に就任し「新体制」に水をかける役割を演じた。20年枢密院議長。敗戦に伴いA級戦犯容疑者として収監され21年東京裁判で終身禁固の判決を受けた。病没
    (伊藤隆)

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  • デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

  • 平沼騏一郎 ひらぬま-きいちろう
     
    1867-1952 明治-昭和時代前期の司法官,政治家。
    慶応3年9月28日生まれ。検事総長,大審院長をへて,大正12年第2次山本内閣の法相。13年右翼結社国本(こくほん)社を結成。昭和14年組閣したが,独ソ不可侵条約の締結を機に総辞職。のち第2・第3次近衛内閣の国務相戦後,A級戦犯容疑で終身禁固刑。昭和27年8月22日死去。84歳。美作(みまさか)(岡山県)出身。帝国大学卒。
    格言など】欧州天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた(独ソ不可侵条約締結に際し)
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    (C)Kodansha 2009.
    書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

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  • デジタル大辞泉の解説

  • ひらぬま‐きいちろう 〔‐キイチラウ〕 【平沼騏一郎】
     
    [1867~1952]政治家。岡山の生まれ。検事総長大審院長・法相・貴族院議員・枢密顧問官を経て、昭和14年(1939)首相に就任。その間、国家主義団体「国本社」を主宰。第二次大戦後、A級戦犯として終身禁錮刑に処せられ、獄中病死
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  • 美術人名辞典の解説

  • 政治家。岡山県生。号は機外。山本内閣の司法大臣に就任し、虎の門事件で辞任した。この頃より右翼結社国本社を主宰する。のち近衛内閣のあとを受けて戦時内閣を組織した。また書を能くし、謡曲能楽等にも秀でる。昭和27年(1952)歿、85才。

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  • 百科事典マイペディアの解説

  • 政治家。美作(みまさか)国津山藩士の子。帝大卒。大逆事件のとき検事を務め,のち検事総長,大審院長を歴任し,司法界最大の実力者となる。第2次山本権兵衛内閣の法相。 (1867-1952)
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  • 大辞林 第三版の解説

  • ひらぬまきいちろう【平沼騏一郎】
     
    (1867~1952) 政治家。岡山県生まれ。東大卒。検事総長・大審院長・法相をつとめ,1936年(昭和11)枢密院議長。右翼団体「国本社」を創始。39年組閣,独ソ不可侵条約の成立で辞職した。次いで近衛内閣の国務相。戦後 A 級戦犯として終身刑。

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平沼騏一郎に近い言葉→平沼|平沼専蔵|平沼赳夫|野平 一郎|平沼弥太郎|平沼淑郎|池辺 晋一郎|平沼亮三|樋口季一郎(1888~1970)|河野一郎

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