日本歴史地名大系 「幸野溝」の解説
幸野溝
こうのみぞ
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
…南東部は国見山地に属する山地であるが,北西部には平地が開け,人吉盆地の一角をなす。球磨川から取水する百太郎溝,幸野溝など灌漑用水に恵まれ,人吉盆地でも有数の水田地帯となっている。米を中心にタバコ,イグサの栽培,メロン,スイカなどの施設園芸,畜産なども盛んである。…
…東は宮崎県に接し,北西境沿いを球磨川が南西流する。西部は人吉盆地の最東端にあたる平地で,1705年(宝永2)人吉藩士高橋政重が開削した幸野溝(こうのみぞ)によって灌漑される。中心集落の湯前は谷口集落で,林産物の集散地として発達した。…
※「幸野溝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...
5/20 小学館の図鑑NEO[新版]昆虫を追加
5/14 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新
4/12 デジタル大辞泉プラスを更新