後藤謙太郎(読み)ごとう・けんたろう

朝日日本歴史人物事典 「後藤謙太郎」の解説

後藤謙太郎

没年:大正14.1.20(1925)
生年:明治28(1895)
大正期の反逆的な詩人,反軍運動家。熊本県葦北郡日奈久町(八代市)生まれ。三井三池,松島,伊田などの炭鉱中心に底辺の労働生活を続けた。貧窮の中に反軍,反戦活動やアナキズム運動にも力を注いだ。吉田一らの労働社,中浜哲らのギロチン社にも関係。労働や運動のため,国内各地満州(中国東北部)をまわったので,上田,栃木,宇都宮,熊本,東京,市ケ谷,千葉など各地の監獄にも繋がれるが,その各地から『労働者』『小作人』『関西労働者』『労働者詩人』などに詩,短歌を寄せた。大正11(1922)年岡山,金沢などで兵隊に反軍のビラをまいた軍隊宣伝事件で2年の刑に処せられ,服役中の東京巣鴨監獄で自殺した。<著作>『労働放浪監獄より』<参考文献>逸見吉三『墓標なきアナキスト像』

(小松隆二)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

20世紀日本人名事典 「後藤謙太郎」の解説

後藤 謙太郎
ゴトウ ケンタロウ

大正期の社会運動家,詩人



生年
明治28(1895)年

没年
大正14(1925)年1月20日

出生地
熊本県葦北郡日奈久町(現・八代市)

経歴
国内各地や満州などを転々とし、坑夫生活などをしながら反軍やアナキズムの運動に入る。一方、各地から「労働者」「労働者詩人」などに詩、短歌を発表、放浪のアナキスト詩人として知られた。大正11年いわゆる“軍隊宣伝事件”で逮捕され、服役中の東京巣鴨監獄で縊死した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「後藤謙太郎」の解説

後藤謙太郎 ごとう-けんたろう

1895-1925 大正時代の社会運動家。
明治28年1月生まれ。三井三池炭鉱などではたらきながら,詩作や反戦活動をおこなう。大正11年岡山,金沢の兵士に反軍ビラをまいて逮捕され(軍隊宣伝事件),服役中の大正14年1月20日自殺。31歳。死後「労働・放浪・監獄より」が刊行された。熊本県出身。鹿本中学中退。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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