翻訳|hedonism
快楽(ギリシア語hēdonē)こそ善の最終的な判断の基準であると考える倫理的立場。一般には肉体的快楽,とくに性的快楽を追求する立場をいうが,哲学史的には,何を快楽とするかは,各体系によって異なる。ソクラテスの弟子アリスティッポスは,人生の目的を快楽の追求とした。ただしこの快楽とは肉体的放縦の所産ではなく,逆に魂による肉体的欲望の統御から生まれると考えた。この態度は次代のエピクロス学派に続く。エピクロスとその学派は魂の平静(アタラクシアataraxia)を重んじ,健康で質素な共同生活を通して得られる精神的快楽を重んじた。彼の学園ではつねに快活な笑いとくつろいだ喜びが絶えなかったという。一方インドのチャールバーカ派あるいは順世派では極端な唯物論の立場をとり,感覚的実在以外に何も認めず,輪廻も業も否定した。とすれば人生の目的は感覚的快楽の追求もしくは苦痛の回避しかないと考えた。この立場はもっとも素朴な世俗的人間が無意識にいだいている信念だといえよう。
近代のその代弁者はフランス唯物論者,とくにエルベシウスである。《精神について》(1758)の中で,彼は人間の本性を次の4項のもとでとらえた。(1)あらゆる人間の能力は結局は感覚に帰する。(2)人間は快楽を愛し苦痛を恐れる利己的存在である。(3)人間はすべて平等の知性をもつが,ものを学ぶ意欲にはばらつきがある。(4)適切な教育を受けた支配者は適当な立法化を行って環境を自分の優位に変更し,それによって自利を増進することができる。ここには浅薄ではあるが,大多数の人間を支配している快楽原則を見抜いた冷徹な世知がある。功利主義の提唱者ベンサムやJ.S.ミルは〈最大多数の最大幸福the greatest happiness of the greatest number〉を標語として掲げ,幸福とは人間の求める善であり,それは快楽を求め,苦痛を避ける合理的行動によって達成しうると考える。個人の合理的利己的行動こそ政治の干渉さえ受けなければ,かえって社会の自然の調和を生み,最大善・最大幸福に寄与しうるという。
執筆者:大沼 忠弘
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快楽を最高価値の人生の目的と考え、行動の正しさや義務の基準とみなす倫理学の立場。目的論の一形態で、目的となる相手により、利己主義、利他主義、功利主義のいずれにもなりうる。古代ギリシアのエウドクソスやキレネ学派、エピクロス学派、ホッブズ、イギリスの功利主義者たちに著しい。快楽に質的差を認めず、快楽計算を可能と考えるベンサムの量的快楽主義と、快楽に質的優劣を認めるJ・S・ミルの質的快楽主義が区別される。人間本性は快楽を求めるようにできていると唱える心理的快楽説は、快楽主義を有力に支援し、前述の快楽主義者たちやフロイトなどにもみられる。
快楽主義の問題点は、(1)目的論一般の制約をもち、(2)心理的快楽主義が決め手を欠く仮説であること、(3)快楽の量的計算には困難があり、(4)善である多くの目的を不当に快楽に還元し、(5)故意に求めぬときにかえって快が得られる「快楽主義の逆説」hedonistic paradoxを伴うことなどにある。
[杖下隆英]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…原子論と快楽主義で有名な古代ギリシアの哲学者。サモス島の生れ。…
…北アフリカのギリシア都市キュレネに起こった快楽主義哲学を奉じる学派。ソクラテスの弟子アリスティッポスの創立とされているが,その孫のアリスティッポスが始めたという説が有力。…
※「快楽主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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