急性腹膜炎(読み)きゅうせいふくまくえん

六訂版 家庭医学大全科 「急性腹膜炎」の解説

急性腹膜炎
きゅうせいふくまくえん
Acute peritonitis
(食道・胃・腸の病気)

どんな病気か

 腹膜とは腹腔内(ふくくうない)をおおう膜です。本来腹腔内は無菌になっています。この腹膜に細菌感染や物理的・化学的刺激によって炎症が起こるものを腹膜炎といいます。腹膜炎は、その経過から急性腹膜炎と慢性腹膜炎に分類されます。

 急性腹膜炎には、腹膜全体に炎症が広がる急性汎発性腹膜炎(はんぱつせいふくまくえん)と腹膜の一部に膿瘍を形成する限局性腹膜炎(げんきょくせいふくまくえん)があります。とくに急性汎発性腹膜炎では生命に関わる重症の状態に陥る可能性があり、緊急な医学的処置が必要です。

原因は何か

 急性腹膜炎の多くは、さまざまな消化器疾患の合併症として起こります(表7)。その原因には、細菌因子と化学因子があげられます。

 細菌因子とは、急性虫垂炎(ちゅうすいえん)、急性胆嚢炎(たんのうえん)急性膵炎(すいえん)などの腹腔内の臓器の炎症が腹膜へ波及することによって生じることであり、一般には急性虫垂炎が最も頻度が高くみられます。

 化学因子では、外傷、消化管疾患や腸間膜の虚血(きょけつ)による消化管穿孔(せんこう)が原因によって起こる胃液、胆汁などの腹膜への漏出があげられます。外傷には打撲(だぼく)・交通外傷があり、消化管疾患では胃潰瘍(いかいよう)十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)胃がんなどの悪性腫瘍に続発します。急性胆嚢炎に胆嚢穿孔が加わった場合や重症の急性膵炎では、胆汁・膵液の化学的刺激と細菌感染が重なり、重症の状態になることが多くみられます(表7)。

症状の現れ方

 急性腹膜炎の症状として腹痛は必ずみられます。原因となる病気の前兆として腹部不快、軽い腹痛を示すことがまれにありますが、通常は急激な腹痛が突発的に起こります。痛みは持続し、初めは限られた部位だけですが、次第に腹部全体に及びます。

 そのほかの症状として吐き気・嘔吐、発熱、頻脈(ひんみゃく)がみられます。病気が進行している場合には、脱水・ショック状態に陥ることもあります。

検査と診断

 医師の診察により、圧痛、筋性防御(きんせいぼうぎょ)、ブルンベルグ徴候、腸雑音の有無を調べます。

 圧痛は部位が限られているため鑑別診断に有用ですが、圧痛が腹部全体に及ぶ汎発性腹膜炎の時も原疾患の部位の圧痛がとくに強くみられます。

 筋性防御は壁側腹膜の炎症を示唆する所見で、急性腹膜炎の診断に有用です。初期では軽い触診で腹壁(ふくへき)の筋肉の緊張として触知されますが、病状が進行すると腹筋は硬く緊張し、腹壁反射は消えて板状硬(ばんじょうこう)と呼ばれる状態になります。

 ブルンベルグ徴候は、腹部を圧迫した手を急に離すことで周囲に痛みが響く所見のことをいい、腹膜炎にみられる所見です。腸雑音は腸管の麻痺のために低下します。

 急性腹膜炎の診断は原因疾患によって異なるので、検査はあくまで病歴、理学所見から鑑別診断を考慮して選択します。血液検査と画像検査が有用です。血液検査では、白血球が増えて、炎症反応を示すCRPが陽性になります。画像検査では、腹部単純X線、腹部超音波、腹部CTが有用です。

 とくに、消化管穿孔の場合には、腹部単純X線で横隔膜下の空気遊離像(フリーエアー像)が診断の決め手になります。そのほか、急性胆嚢炎急性膵炎などの原因になる疾患の区別には、腹部超音波、腹部CTが有用です。

治療の方法

 消化管の穿孔がなく、腹膜炎の部位が限られている限局性腹膜炎の場合には、補液、抗生剤の投与により保存的に治療することで治ることもありますが、基本的には早期の緊急手術を必要とすることがほとんどです。

病気に気づいたらどうする

 急性腹膜炎は、原因となる疾患にもよりますが、早期に治療すれば予後は良好です。夜間であっても、緊急に治療を受けるべきです。また、先に述べたような急性腹膜炎の原因となる疾患を治療することが必要になる場合がほとんどです。

棟方 昭博


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

内科学 第10版 「急性腹膜炎」の解説

急性腹膜炎(腹膜炎)

(1)急性腹膜炎(acute peritonitis)
a.特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritonitis:SBP,原発性腹膜炎)
概念
 腹腔内に外科的治療を要する疾患(腸管穿孔や腹腔内臓器からの炎症の波及)がないにもかかわらず感染性の腹水を呈する状態.非代償期の肝硬変の患者に多く,重篤なネフローゼ症候群,免疫不全状態の患者にもまれに認められる.
病因
 原則的に単一の菌により引き起こされる(続発性の場合は多種類の菌が腹水より検出される).起因菌として腸内細菌類が多くを占め,おもに原疾患による免疫バリアの破綻により腸管内の細菌が腹腔内に移行することによると考えられている.その他,腹腔外臓器から血行性,リンパ行性に細菌が移行することによって発症したものもSBPに含まれる.
臨床症状
 ①発熱,②腹部の痛みと圧痛,③意識障害,④麻痺性イレウスなどがみられるが,必ずしもすべてがそろうとは限らない.続発性腹膜炎では腹痛,筋性防御や反跳痛などの腹膜刺激兆候はほぼ必発だが,SBPでははっきりしないことも多い.悪心,嘔吐は腹膜刺激症状としてみられるが麻痺性イレウスも関与する.また膿瘍を形成し膀胱や直腸を刺激することにより頻尿やテネスムスなどの症状を示すことがある.腹膜における血管透過性の亢進により腹水が貯留し,循環血液量が減少する.重症の場合にはショック状態に陥り,意識障害などの精神症状,腎前性の急性腎不全の症状が出現する.続発性腹膜炎は非常に急性の経過をとり時間単位で病状が悪化するが,SBPではそれよりはやや経過が遅く,時間ないし日単位で変化する.
診断
 腹膜炎の存在診断と続発性腹膜炎の除外からなる.肝硬変患者で発熱,腹痛,炎症反応上昇,意識障害などがみられたときは本症の可能性を考え,まず腹部エコーで腹水を確認し,腹水中の分葉好中球数(>250個/μL)と細菌培養陽性を確認する.CTなどを併用して腹腔内にほかの感染源がないことを確認することが必要.
治療
 第3世代以降のセフェム系抗菌薬の点滴静注.ただし軽症のSBPに対しては経口ニューキノロン系抗菌薬でも改善率は変わらないとされる.治療期間は5日間を目安とし,腹水の好中球数<250 μLなど,状態の改善がみられれば治療を中止する.
予後
 SBPによる死亡率は近年大幅に減少している.ショックや腎不全が起こる前に適切な治療を開始すれば,SBPによる死亡は防げることが多い.しかしSBPを発症する患者は概して基礎疾患の状態が悪いことが多いためSBPが改善しても長期予後は悪いことが多い.
予防
 ①SBPの既往,②静脈瘤からの出血,③腹水の蛋白濃度<1.0 g/dL以下がSBPを生じる危険因子とされている.このような危険因子をもつ重篤な肝硬変の患者に対し,経口抗菌薬投与による選択的腸管除菌の有効を示唆する報告がある(Saabら,2009).
b.続発性腹膜炎
概念
 原発性腹膜炎と合わせて急性腹膜炎の原因の大部分を占める.消化管の穿孔・破裂によって引き起こされることが多く,原因としては急性虫垂炎,胃・十二指腸潰瘍,急性胆囊炎,憩室炎,卵巣・卵管膿瘍,外傷,糞便による腸管圧迫壊死,急性膵炎,腸管脈動脈閉塞症などがあげられる.発症初期は胃酸,腸液,胆汁などによる化学的腹膜炎を呈し,時間を経るにつれ細菌性腹膜炎へと移行する.
臨床症状
 炎症が局所にとどまる限局性腹膜炎と腹部全体に及ぶ汎発性腹膜炎に大別され,汎発性では激しい腹痛,腹膜刺激による悪心,嘔吐,呼吸促迫,頻脈を呈し苦悶状で重篤感が強い.熱は初期では微熱程度のことが多い.他覚所見として腹部の圧痛,反跳痛,筋性防御がみられ,悪化すると腹筋が硬直し板状硬となる.さらに腹腔内の炎症の広がりにより腸管運動は抑制され麻痺性イレウスを呈する.時間が経つにつれ血管透過性の亢進や細菌の放出するエンドトキシンによってショック状態となり,systemic inflammatory response syndrome(SIRS,全身性炎症反応症候群)からDIC,多臓器不全を起こし死に至る.小児,高齢者などでは症状に乏しい場合があり注意を要する.
診断
 上記症状と合わせて各種画像で腹水貯留,free airを確認することにより診断する.腹部造影CTは原疾患の究明に効果的であり,ガストログラフィンを用いた腸管造影は穿孔の場所,程度を確認するのに有用である.腹水の検査では好中球を主体とした細胞成分の増加を認め,細菌培養にて複数の菌を認めるのが特徴的である.血液検査では高度な炎症を認めるが腹膜炎に特徴的な所見はない.動脈血ガス分析では呼吸性の代償を伴う代謝性アシドーシスを呈する.腸管壊死を合併している場合,アシドーシスが著明になる.
治療
 原疾患にかかわらず,第一に循環・呼吸管理を行う.早期より抗菌薬による治療を開始する.原疾患が同定されしだい至急原疾患の治療を行う.腹腔内臓器の穿孔,破裂の場合は外科的処置が必要となることが多い.原疾患の根治術に合わせて腹腔内の洗浄を多量の生理的食塩水で行う.腹腔内に直接抗菌薬を投与することもある.必要であればドレーンを留置する.ショック,DIC(disseminated intravascular coagulation,播種性血管内凝固症)の治療は別項を参照【⇨11-6-8)】,【⇨14-11-4)】,【⇨15-12-7)-(8)】のこと.
c.血性腹膜炎(hemorrhagic peritonitis)
 腹腔内動脈の破裂,脾破裂,肝破裂(特に肝腫瘍の破裂)によって引き起こされる.血液自体は腹膜への刺激は軽微であるが二次的に細菌感染が引き起こされ細菌性腹膜炎へと移行することも多い.[藤沢聡郎・松橋信行]
■文献
Debrock G, Vanhentenrijk V, et al: A phase II trial with rosiglitazone in liposarcoma patients. Br J Cancer, 89: 1409-1412, 2003.
Saab S, Hernandez JC, et al: Oral antibiotic prophylaxis reduces spontaneous bacterial peritonitis occurrence and improves short-term survival in cirrhosis: a meta-analysis. Am J Gastroenterol, 104: 993, 2009.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

家庭医学館 「急性腹膜炎」の解説

きゅうせいふくまくえん【急性腹膜炎 Acute Peritonitis】

[どんな病気か]
 短時日のうちに発症してきた腹膜炎で、原因によって、つぎのように区別して呼ばれることがあります。
■続発性腹膜炎(ぞくはつせいふくまくえん)
 胃、腸、胆嚢(たんのう)、膵臓(すいぞう)などの腹腔内臓器(ふくくうないぞうき)に病巣(びょうそう)が存在するために誘発されてきたものをいいます。
 たとえば、膵炎(すいえん)、胆嚢炎(たんのうえん)、虫垂炎(ちゅうすいえん)などがあると、その炎症が腹膜にも波及し、腹膜炎を誘発することがあります。
 腸閉塞(ちょうへいそく)や腸間膜動脈閉塞(ちょうかんまくどうみゃくへいそく)がきっかけになることもあります。
 女性は、卵巣炎(らんそうえん)や子宮内膜炎(しきゅうないまくえん)、流産などが原因になることがあります。
 また、腹腔内臓器に孔(あな)があき、内容物が漏(も)れ出し、腹膜を刺激して炎症をおこすことがあります。たとえば、潰瘍(かいよう)やがんのために腹腔内臓器に孔があき(穿孔(せんこう))、内容物が腹腔内にもれ出てくることがあります。このようにしておこった腹膜炎を穿孔性腹膜炎(せんこうせいふくまくえん)といい、胃潰瘍(いかいよう)、十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)、大腸(だいちょう)がんでおこりやすいものです。
 けがで腹腔内臓器が破れたり、手術をした部分がよくくっつかなかったりして、内容物が腹腔内にもれることもあります。
 女性は、人工妊娠中絶がきっかけで、穿孔性腹膜炎がおこることがあります。
 胆嚢が破れ、胆汁(たんじゅう)がもれ出て腹膜炎がおこることもあります。これをとくに胆汁性腹膜炎(たんじゅうせいふくまくえん)といい、胆石(たんせき)のある人におこることが多いものです。
 胃、腸が破れた場合、そこにすみついている細菌などが腹膜に感染し、炎症をおこすことがあって、化膿性腹膜炎(かのうせいふくまくえん)といいます。
■原発性腹膜炎(げんぱつせいふくまくえん)
 病巣が、腹腔内臓器以外の部位にあっておこった腹膜炎をいいます。
 代表的なのは、腹腔以外の部位の病巣にいる細菌が、血流にのって腹膜へ流れてきて、感染しておこる特発性細菌性腹膜炎(とくはつせいさいきんせいふくまくえん)です。
 ネフローゼ症候群(しょうこうぐん)を患(わずら)っている子どもや、腹水(ふくすい)のたまっている肝硬変(かんこうへん)を患っている人におこることがあるのですが、頻度はまれです。
[症状]
 限局性腹膜炎であれば、部分的な腹痛と、圧痛(あっつう)(手で押すと強くなる痛み)がおもです。
 汎発性腹膜炎の場合は、腹部全体が痛み、発熱、頻脈(ひんみゃく)がおこり、苦しそうに顔をゆがませます。
 頬骨(ほおぼね)が突き出し、目が落ちくぼんでくまができ、鼻がとがった特有の顔つきになることがあります。これを腹膜炎顔貌(ふくまくえんがんぼう)といいます。
 さらに進行すると、嘔吐(おうと)、排便・排ガスの停止、腹部全体のふくれなどの腸閉塞(ちょうへいそく)の症状がおこり、意識がもうろうとなり、騒いだり、暴れたりする不穏(ふおん)状態やショック状態におちいります。虫垂炎、胆嚢炎、腸閉塞からおこった場合は、それぞれの病気の症状が先にあって、しだいに汎発性腹膜炎の症状が現われてきます。
 胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの穿孔でおこった場合は、突然の腹痛とともにすぐに汎発性腹膜炎の症状が現われてきます。
[検査と診断]
 腹部を触診すると、筋性防御(きんせいぼうぎょ)やブルンベルグ徴候(ちょうこう)などの腹膜刺激症状(コラム「腹膜刺激症状」)がみられるので、腹膜炎という診断は容易につきます。
 しかし、原因となった病気の診断や全身状態の把握のため、腹部X線検査、胃腸の造影検査、胃腸の内視鏡検査、CT、MRI、超音波検査、血液検査などが必要になります。
[治療]
 入院のうえ、全身状態を改善する治療と、原因を除去する治療が必要になります。
 入院期間は、原因や年齢によって異なりますが、3~4週間以上になることが少なくありません。
●全身状態を改善する治療
 絶対安静を保つとともに、点滴(てんてき)で栄養などを補います。
 また、炎症の原因となっている細菌を撲滅(ぼくめつ)するため、強力な抗菌薬を使用します。
 胃などの上部消化管の病気が原因の場合は、ブドウ球菌(きゅうきん)、レンサ球菌、腸球菌、真菌(しんきん)などが、大腸などの下部消化管の病気が原因の場合は、グラム陰性桿菌(かんきん)(大腸菌など)、嫌気性菌(けんきせいきん)、β(ベータ)ラクタマーゼ産生菌などが多いので、それに有効な抗菌薬を使用します。
 特発性細菌性腹膜炎の場合は、おとなは大腸菌やグラム陽性球菌、子どもは溶血性(ようけつせい)レンサ球菌や肺炎球菌が原因菌のことが多いので、これに有効な抗菌薬を使用します。
 一方で、原因菌の種類を調べる検査を実施し、わかったらその菌に有効な抗菌薬に切り換えます。
 軽症の限局性腹膜炎の場合は、この全身を改善する治療で治癒(ちゆ)することもありますが、多くは、原因を除去する治療が必要になります。
●原因を除去する治療
 胃腸が破れたり、穿孔をおこしている場合は、縫合(ほうごう)する手術が必要になります。胃や腸の一部を切除しなければならないこともあります。
 そのうえで、腹腔内にたまっている液や膿(うみ)を排除・洗浄し、そのあと膿を体外へ排出するための管であるドレーンを腹腔内に留置しておきます。
 合併症 横隔膜(おうかくまく)の下に膿がたまる横隔膜下膿瘍(おうかくまくかのうよう)(「横隔膜下膿瘍」)、ダグラス窩(か)に膿のたまるダグラス窩膿瘍(かのうよう)(「ダグラス窩膿瘍」)がおこり、その治療が必要になることもあります。

出典 小学館家庭医学館について 情報

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