内科学 第10版 「急性腹膜炎」の解説
急性腹膜炎(腹膜炎)
a.特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritonitis:SBP,原発性腹膜炎)
概念
腹腔内に外科的治療を要する疾患(腸管穿孔や腹腔内臓器からの炎症の波及)がないにもかかわらず感染性の腹水を呈する状態.非代償期の肝硬変の患者に多く,重篤なネフローゼ症候群,免疫不全状態の患者にもまれに認められる.
病因
原則的に単一の菌により引き起こされる(続発性の場合は多種類の菌が腹水より検出される).起因菌として腸内細菌類が多くを占め,おもに原疾患による免疫バリアの破綻により腸管内の細菌が腹腔内に移行することによると考えられている.その他,腹腔外臓器から血行性,リンパ行性に細菌が移行することによって発症したものもSBPに含まれる.
臨床症状
①発熱,②腹部の痛みと圧痛,③意識障害,④麻痺性イレウスなどがみられるが,必ずしもすべてがそろうとは限らない.続発性腹膜炎では腹痛,筋性防御や反跳痛などの腹膜刺激兆候はほぼ必発だが,SBPでははっきりしないことも多い.悪心,嘔吐は腹膜刺激症状としてみられるが麻痺性イレウスも関与する.また膿瘍を形成し膀胱や直腸を刺激することにより頻尿やテネスムスなどの症状を示すことがある.腹膜における血管透過性の亢進により腹水が貯留し,循環血液量が減少する.重症の場合にはショック状態に陥り,意識障害などの精神症状,腎前性の急性腎不全の症状が出現する.続発性腹膜炎は非常に急性の経過をとり時間単位で病状が悪化するが,SBPではそれよりはやや経過が遅く,時間ないし日単位で変化する.
診断
腹膜炎の存在診断と続発性腹膜炎の除外からなる.肝硬変患者で発熱,腹痛,炎症反応上昇,意識障害などがみられたときは本症の可能性を考え,まず腹部エコーで腹水を確認し,腹水中の分葉好中球数(>250個/μL)と細菌培養陽性を確認する.CTなどを併用して腹腔内にほかの感染源がないことを確認することが必要.
治療
第3世代以降のセフェム系抗菌薬の点滴静注.ただし軽症のSBPに対しては経口ニューキノロン系抗菌薬でも改善率は変わらないとされる.治療期間は5日間を目安とし,腹水の好中球数<250 μLなど,状態の改善がみられれば治療を中止する.
予後
SBPによる死亡率は近年大幅に減少している.ショックや腎不全が起こる前に適切な治療を開始すれば,SBPによる死亡は防げることが多い.しかしSBPを発症する患者は概して基礎疾患の状態が悪いことが多いためSBPが改善しても長期予後は悪いことが多い.
予防
①SBPの既往,②静脈瘤からの出血,③腹水の蛋白濃度<1.0 g/dL以下がSBPを生じる危険因子とされている.このような危険因子をもつ重篤な肝硬変の患者に対し,経口抗菌薬投与による選択的腸管除菌の有効を示唆する報告がある(Saabら,2009).
b.続発性腹膜炎
概念
原発性腹膜炎と合わせて急性腹膜炎の原因の大部分を占める.消化管の穿孔・破裂によって引き起こされることが多く,原因としては急性虫垂炎,胃・十二指腸潰瘍,急性胆囊炎,憩室炎,卵巣・卵管膿瘍,外傷,糞便による腸管圧迫壊死,急性膵炎,腸管脈動脈閉塞症などがあげられる.発症初期は胃酸,腸液,胆汁などによる化学的腹膜炎を呈し,時間を経るにつれ細菌性腹膜炎へと移行する.
臨床症状
炎症が局所にとどまる限局性腹膜炎と腹部全体に及ぶ汎発性腹膜炎に大別され,汎発性では激しい腹痛,腹膜刺激による悪心,嘔吐,呼吸促迫,頻脈を呈し苦悶状で重篤感が強い.熱は初期では微熱程度のことが多い.他覚所見として腹部の圧痛,反跳痛,筋性防御がみられ,悪化すると腹筋が硬直し板状硬となる.さらに腹腔内の炎症の広がりにより腸管運動は抑制され麻痺性イレウスを呈する.時間が経つにつれ血管透過性の亢進や細菌の放出するエンドトキシンによってショック状態となり,systemic inflammatory response syndrome(SIRS,全身性炎症反応症候群)からDIC,多臓器不全を起こし死に至る.小児,高齢者などでは症状に乏しい場合があり注意を要する.
診断
上記症状と合わせて各種画像で腹水貯留,free airを確認することにより診断する.腹部造影CTは原疾患の究明に効果的であり,ガストログラフィンを用いた腸管造影は穿孔の場所,程度を確認するのに有用である.腹水の検査では好中球を主体とした細胞成分の増加を認め,細菌培養にて複数の菌を認めるのが特徴的である.血液検査では高度な炎症を認めるが腹膜炎に特徴的な所見はない.動脈血ガス分析では呼吸性の代償を伴う代謝性アシドーシスを呈する.腸管壊死を合併している場合,アシドーシスが著明になる.
治療
原疾患にかかわらず,第一に循環・呼吸管理を行う.早期より抗菌薬による治療を開始する.原疾患が同定されしだい至急原疾患の治療を行う.腹腔内臓器の穿孔,破裂の場合は外科的処置が必要となることが多い.原疾患の根治術に合わせて腹腔内の洗浄を多量の生理的食塩水で行う.腹腔内に直接抗菌薬を投与することもある.必要であればドレーンを留置する.ショック,DIC(disseminated intravascular coagulation,播種性血管内凝固症)の治療は別項を参照【⇨11-6-8)】,【⇨14-11-4)】,【⇨15-12-7)-(8)】のこと.
c.血性腹膜炎(hemorrhagic peritonitis)
腹腔内動脈の破裂,脾破裂,肝破裂(特に肝腫瘍の破裂)によって引き起こされる.血液自体は腹膜への刺激は軽微であるが二次的に細菌感染が引き起こされ細菌性腹膜炎へと移行することも多い.[藤沢聡郎・松橋信行]
■文献
Debrock G, Vanhentenrijk V, et al: A phase II trial with rosiglitazone in liposarcoma patients. Br J Cancer, 89: 1409-1412, 2003.
Saab S, Hernandez JC, et al: Oral antibiotic prophylaxis reduces spontaneous bacterial peritonitis occurrence and improves short-term survival in cirrhosis: a meta-analysis. Am J Gastroenterol, 104: 993, 2009.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報