家庭医学館 「急速進行性腎炎症候群」の解説
きゅうそくしんこうせいじんえんしょうこうぐん【急速進行性腎炎症候群 Rapidly Progressive Glomerulonephritis Syndrome】
[どんな病気か]
[原因]
[症状]
[検査と診断]
◎もとの病気の治療がたいせつ
[治療]
[予後]
[どんな病気か]
急速進行性腎炎症候群は、糸球体(しきゅうたい)の病気でおこる臨床症候群(りんしょうしょうこうぐん)のなかの1つです。潜在性または急性に発病し、血尿(けつにょう)、たんぱく尿、貧血、および急速に進行する腎不全をひきおこす症候群です。
この症候群は、治療しなければほとんどの場合、急速に末期の腎不全におちいります。腎炎としては、もっとも重い病気です。最近までは「症候群」をつけない急速進行性腎炎という病名が用いられていました。
急速進行性腎炎というのは、糸球体に半月体(はんげつたい)(血液が固まったもの)ができる特発性半月体形成性腎炎(とくはつせいはんげつたいけいせいせいじんえん)のことだけをさしたことばです。
しかし、特発性半月体形成性腎炎以外のいろいろな腎炎でも半月体ができて、同じような経過をとる例もあることがわかり、現在では(「コラム「急速進行性腎炎症候群の診断基準」」)に示したような特徴がみられる場合に、原因を問わず、広い意味で「急速進行性腎炎症候群」と呼ぶことになりました。
[原因]
急速進行性腎炎症候群の原因は、コラム「急速進行性腎炎症候群の原因となる病気」に示したように、腎臓そのものに原因がある場合(原発性(げんぱつせい)とか、一次性という)と、この症候群をおこすもとになっている病気(基礎疾患)がある場合(続発性(ぞくはつせい)、その他)とに分類されます。
原発性急速進行性腎炎症候群には、特発性半月体形成性腎炎のほかに、膜性増殖性糸球体腎炎(まくせいぞうしょくせいしきゅうたいじんえん)、膜性腎症(まくせいじんしょう)、IgA腎症(じんしょう)など、糸球体の病気で半月体ができるものがあります。
一方、続発性急速進行性腎炎症候群には、全身性エリテマトーデスによるループス腎炎、血管性紫斑病によっておこる紫斑病性腎炎(しはんびょうせいじんえん)、多発動脈炎(たはつどうみゃくえん)、肺出血をともなうグッドパスチャー症候群、肺や副鼻腔に肉芽腫をつくるウェジナー肉芽腫症(にくげしゅしょう)などによる腎炎があります。
現在、日本で、急速進行性腎炎症候群の原因としてもっとも多いのは、特発性半月体形成性腎炎です。
特発性半月体形成性腎炎は、観察された糸球体の50%以上に半月体の形成がみられる腎炎ですが、原因によりつぎの3つの型に分類されます。
抗糸球体基底膜抗体関連型(こうしきゅうたいきていまくこうたいかんれんがた)(Ⅰ型) 血液中に抗糸球体基底膜抗体が現われるものです。
免疫複合体(めんえきふくごうたい)関連型(Ⅱ型) たいていは、溶連菌感染後糸球体腎炎から移った病態です。
抗好中球細胞質抗体(こうこうちゅうきゅうさいぼうしつこうたい)(ANCA)関連型(Ⅲ型) 血液中にP‐ANCA(核周囲にそまるANCA)という抗体たんぱくがみられるといわれています。日本で、もっとも頻度の高い特発性半月体形成性腎炎です。
[症状]
「コラム「急速進行性腎炎症候群の診断基準」」は、急速進行性腎炎症候群を診断するときの基準ですが、数週から数か月の経過で急速に腎不全が進行することと、血尿、たんぱく尿、赤血球円柱、顆粒円柱(ともに血液成分の変形)など、腎炎に共通する尿の特徴がみられることが、診断するときに必須の条件です。
急速進行性腎炎症候群の原因としてもっとも多い特発性半月体形成性腎炎は、年齢でみると10歳代から80歳以上の高齢の人まで、すべての年代にみられますが、とくに30歳代から60歳代で発病する率が高いのです。
近年日本では、特発性半月体形成性腎炎が増える傾向にあり、とくに60歳以上の高齢者の発病がめだっています。発病のパターンとしては、上気道(じょうきどう)の感染など、先行する感染症に続いて急速に発症する場合が多いのですが、最近では徐々に、急激に症状が現われず、潜行して発病したという報告も増えつつあります。
特殊検査では、血液中の抗好中球細胞質抗体、抗糸球体基底膜抗体、免疫複合体の測定が、病気のタイプを診断するのに役立ちます。
また、続発性の急速進行性腎炎症候群では、基礎となっている病気に特有な症状をともないます。
多発性動脈炎では、肺出血、紫斑(しはん)、末梢神経障害(まっしょうしんけいしょうがい)によるしびれ感などが現われます。
グッドパスチャー症候群では、抗糸球体基底膜抗体が血液中に現われ、抗糸球体基底膜抗体関連型の特発性半月体形成性腎炎と区別する必要がありますが、グッドパスチャー症候群では肺出血をともないます。
全身性エリテマトーデスでは、顔面の紅斑(こうはん)、関節痛、レイノー現象(冷たい水の中に手を入れると、指先が紫色になる症状)、血小板(けっしょうばん)の減少などが現われます。
[検査と診断]
本症候群が疑われたら、病型と腎炎がなにからおこっているのか、原疾患をあきらかにすることが必要です。そのためには、血液中のいろいろな抗体の測定と腎臓の組織の検査(腎生検(じんせいけん))を行なう必要があります。
とくに腎生検は、本症候群の診断に必須の検査であって、治療方針の決定のためにも重要です。
[治療]
発病したら、できるだけ早く的確に診断し、適切な治療を積極的に行なうことが大事です。
続発性急速進行性腎炎症候群の治療では、もとの病気の治療が重要です。日本で最近増加している特発性半月体形成性腎炎による急速進行性腎炎症候群では、薬物療法として、副腎皮質(ふくじんひしつ)ステロイド薬、免疫抑制薬、抗凝固薬(こうぎょうこやく)を合わせて用いる療法が行なわれます。これを別名、カクテル療法といいます。
副腎皮質ステロイド薬として、プレドニゾロンを1日に60~80mgも大量に使用する療法を用います。病状によっては、超大量療法としてパルス療法(間欠的(かんけつてき)に大量使用する方法)を行なうときもあります。
ただし、高齢者の場合は、副作用によって感染症がおこることがあるので、プレドニゾロンで1日30~40mg程度の量にとどめることもあります。
腎不全が進行して血液中のたんぱく質の老廃物によって中毒となる尿毒症(にょうどくしょう)の症状が出てきた場合は、血液を人工腎臓で濾過(ろか)する透析療法(とうせきりょうほう)を行ないます。また、血液中に抗糸球体基底膜抗体あるいは免疫複合体が検出された場合は、免疫のはたらきがからだを攻撃するので、これら抗体などを除くために血漿交換療法(けっしょうこうかんりょうほう)(血漿を入れ替える治療法)が必要になります。
[予後]
経過としては、一般的に、急速進行性腎炎症候群では、急速に腎不全になるため、血液透析療法を始めることになり、その後も腎臓のはたらきが失われて透析療法を続けなければならなくなる場合が多いといわれています。
しかし最近、積極的な治療が行なわれるようになって、腎臓の障害をそれほど残さず、血液透析療法を続けないですむ例も増えてきています。
急速進行性腎炎症候群は、ひどいときは、感染症や播種性血管内凝固症候群(はしゅせいけっかんないぎょうこしょうこうぐん)(全身の血管で血液の凝固がおこり血管がつまってしまう病状(「播種性血管内凝固症候群(DIC)」))など、重い病気をひきおこし、生命にかかわることもあるので、注意が必要です。
また、副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の使用が、これらの併発した病気を悪化させることもあり、それらの薬の使用には細心の注意が必要です。