特定の対象,行為あるいは状況に対する過度で不合理な恐怖を示す状態。phobiaは〈恐れ・逃走〉を意味するギリシア語フォボスphobosに由来する。このような恐怖をもつ人物は,恐怖すべき対象,行為あるいは状況を避けるようになる。この回避行動が社会生活に支障をきたすものとなれば,治療を必要とする神経症の一類型となる。もっとも,軽度の恐怖は,多くの人に見られるもので,社会生活に影響を及ぼすほどのものではない。中でもヘビ,クモ,ネズミなどに対する軽度の恐怖は広くみられる。
神経症としての恐怖でもっともしばしばみられるのは,その場から逃れることが困難であり,またかりに急に不安や病気や事故に襲われても援助を期待することが予想しにくいような公共の場--雑踏,エレベーター,電車や飛行機などの乗物,締め切った建造物の中--におもむくことへの恐怖であり,現実にこれらの場でいちじるしい不安を経験したことが発症のはじまりとなる。個人が他者の観察にさらされる局面を恐れ回避する場合は,英米では〈社交恐怖social phobia〉とよぶ。これは日本で使用される〈対人恐怖〉とまったく同じではないが,あい重なる側面をもっている。公衆の面前でしゃべったり,なにかをなしとげたり,書いたり食べたりすることに対する恐れなどがその例である。
高所恐怖,閉所恐怖など,恐怖(フォビア)を付した用語は,西丸四方(よも)によると200以上もあるという。それらを羅列することはあまり意味があることとは思われない。恐怖症には,より不安神経症に近いもの,ヒステリー的色彩を帯びたもの,強迫神経症に近い構造をもったものなど,その構造はさまざまである。〈不潔恐怖mysophobia〉という言葉はよくしられているが,これは恐怖症というよりは,強迫神経症の部分症状とみなすべきである。軽い恐怖は治療の対象にはならず,放置して差しつかえないが,神経症の水準にある恐怖に対しては,森田療法,精神分析療法,行動療法といった治療が適用される。
→神経症
執筆者:下坂 幸三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
なんらかの対象を不合理に恐れることを特徴とする神経症の一種で、フォビアphobiaともいう。恐怖の対象となるものには人間や動物などのほか、特定の物や状況、さらに自分自身の身体の一部などがある。たとえば、針やフォークなどのとがったものを見ると、それが目に刺さってしまうのではないか、知らぬまに他人を傷つけてしまうのではないか、という恐れが生ずる尖端(せんたん)恐怖、同じようにナイフや包丁などを恐れる刃物恐怖、細菌や排泄(はいせつ)物などが知らぬまに手についてしまうのではないかと恐れる不潔恐怖、対人場面で顔がこわばったり緊張したりして人との接触を恐れる対人恐怖、とりわけ相手の視線を恐れたり自分の視線が気になったりする視線恐怖、自分の顔面が紅潮してしまうのを恐れる赤面恐怖、エレベーターなど狭い場所に入ると出られなくなってしまうのではないかと恐れる閉所恐怖、高いビルや梯子(はしご)などを極端に恐れる高所恐怖、乗り物に乗っていて急に気分が悪くなったらどうしようと恐れて電車などに乗れない乗り物恐怖、ウマ、ヘビ、イヌ、クモなど特定の動物を極端に恐れる動物恐怖、悪性の病気にかかってしまったのではないかと恐れる疾病恐怖、客観的にはけっして異常とはいえない容貌(ようぼう)なのにもかかわらず自分の顔が醜いと信じてしまう醜貌恐怖などである。これらの恐怖の対象となっているものは、実は自分自身の心のなかにあるなんらかの恐れが象徴化されたものであるといわれる。一般には精神安定剤の内服や精神療法などで軽快するが、ときには統合失調症(精神分裂病)などの一症状として現れる場合もあり、いずれにしても専門医の診察を受ける必要がある。
[岩崎徹也]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…もし愛しか存在していないなら,恋人が別の人に走っても,その幸福を願うはずだから。このような自責や嫉妬は一応正常のうちに入れてもいいが,恐怖症や強迫神経症などの症状は,アンビバレンスを解決しようとする失敗した試みと考えられる。たとえば動物恐怖は,父親なら父親に対する憎しみを抑圧してある種の動物に振り向け,その動物の復讐を恐れているのである。…
…戸締りや火の始末を何度も確かめずにいられない例や,手洗いを反復する例などがある。強迫思考が特定の対象に集中したものを恐怖症といい,不潔恐怖,尖鋭恐怖,広場恐怖,高所恐怖,疾病恐怖,対人恐怖などがある。恐怖症は恐怖神経症として独立の類型として扱われることもある。…
…例えば,ある人に対し,敵意なり,逆に恋愛感情なりをもっていて,そのような自分の気持ちを認めたくないとき,その敵意や恋愛の感情は自己の中では抑圧され,相手に投射されて,あたかも相手が自分を憎んでいる,あるいは愛していると感じるメカニズムである。疾病においては,パラノイアや恐怖症成立のメカニズムとして説明できる。ハイミスにみられる妄想反応としての被愛妄想は,彼女自身の愛情欲求の投射であろうし,人の視線を恐ろしいものと感じとる正視恐怖の裏には,周囲の世界に対する攻撃性の投射をみることができる。…
※「恐怖症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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