拝師荘(読み)はいしのしょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「拝師荘」の意味・わかりやすい解説

拝師荘
はいしのしょう

はやしのしょう」ともいう。京都市南部の中世荘園。南・東は賀茂(かも)川、西は天神川、北は九条通の範囲に散在し、他領との入り組みが激しく、営農を周辺村落からの出作によった散在的な荘園である。1173年(承安3)民部(みんぶ)卿藤原顕頼(あきより)が興善院(こうぜんいん)領として施入した散在水田11町が拝師荘の母胎となった。のち1313年(正和2)後宇多(ごうだ)上皇寄進により東寺(とうじ)領となる。翌年の坪付注文(つぼつけちゅうもん)によれば、田畠は11町5反120歩。その後、鎌倉末から室町期を通じて何度も違乱(いらん)・押妨(おうぼう)が相次ぎ、その散在的形態にも起因して領有が不安定で、未進が過半という状態ながらも維持され、1585年(天正13)秀吉から東寺領として安堵(あんど)された。なお拝師荘の荘名は古代の「拝志郷」による。東寺寄進以前は「志」の字を用いる。

武田 修]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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