敷野山村(読み)しきのやまむら

日本歴史地名大系 「敷野山村」の解説

敷野山村
しきのやまむら

[現在地名]鏡村敷ノ山

狩山かりやま村の西、的淵まとぶち川上流部にある地頭分じとうぶん郷の村。「土佐州郡志」には「敷之山村」とみえ、「東限的淵吉原村、西限上八川村、南限領家村、北限柿之股村、東西一里余南北二十五町余」と記し、西方坂口さかぐち村は当村の小村とする。

天正一七年(一五八九)の地頭分地検帳に「識山名」とあり、名本分と公事分からなり、識山しきのやま名内にサカクチの地名がみえる。識山名の地積は一町二反余で、うち田三反余・畠三四代余・屋敷八反余であった。屋敷は一〇筆あり、うち居屋敷が九筆で名本は二反一一代一歩の屋敷地に居住。名本屋敷の隣には一〇代二歩の堂床が記されるが詳細は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android