政治的に影響力をもつ人間を、政治的、思想的立場の相違に基づく動機によって、非合法的かつ秘密裏に殺害すること。より広義には、暴力団同士の対立に由来する場合のように、非合法的殺害一般にも用いられる。暗殺を意味する英語assassinationおよびフランス語assassinatは、アラビア語のhashshāshǐn(麻薬の一種のハッシシhashishを飲んだ人、を意味する)に由来している。11世紀末にハッサン・サバーハHassan-ben-Sabbahという人物がペルシアにおいて少数精鋭の秘密結社をつくり、結社員にハッシシを与えては政府要人を暗殺させたが、この暗殺団のことが十字軍によりヨーロッパに伝えられ、語源となった。暗殺の歴史自体はより古く、紀元前336年の古代マケドニア王フィリッポス2世や前44年のカエサル(ブルートゥスらによる)の例が知られている。近代以降では、フランス革命期のマラー、アメリカ大統領リンカーン、20世紀にもロシアの革命家トロツキー、アメリカ大統領ケネディ、エジプト大統領サダトらの例があり、わが国でも、時の権力者伊藤博文(ひろぶみ)、原敬(たかし)や、反権力側の山本宣治、浅沼稲次郎などの例がある。
暗殺には、権力者によるものと権力者に対するもの、白色テロ、赤色テロ、政治的計画性の強いものと個人的動機の強いものなどの区別があるが、いずれも政治的緊張の高まりのもとで政治不安、政治危機を促進し、ときには戦争の引き金となる(例、第一次世界大戦)。また宮廷革命やクーデターと密接に関係する(例、二・二六事件)。
[加藤哲郎]
『ムハンマド・ハサナイン・ヘイカル著、佐藤紀久夫訳『サダト暗殺――孤独な「ファラオ」の悲劇』(1983・時事通信社)』▽『カール・シファキス、関口篤訳『暗殺の事典』(1993・青土社)』▽『大沢正道著『大物は殺される――歴史を変えた「暗殺」の世界史』(1994・日本文芸社)』▽『ジョージ・フェザリング著、沢田博訳『世界暗殺者事典』(2003・原書房)』▽『大野芳著『伊藤博文暗殺事件――闇に葬られた真犯人』(2003・新潮社)』▽『ウィリアム・レモン、ビリー・ソル・エステス著、広田明子訳『JFK暗殺――40年目の衝撃の証言』(2004・原書房)』▽『柘植久慶著『歴史を変えた「暗殺」の真相――時代を動かした衝撃の事件史』(PHP文庫)』
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広義には非合法の殺害一般をさすが,狭義には政治的な理由から行われる殺人を意味する。このような事例が古く政治権力の出現にまでさかのぼりうることは王殺害regicideが古今東西をとわず各文化圏に存在することからもわかる。古代ローマのカエサル暗殺のように独裁者・暴君を政治的・宗教的理由から殺害することの可否は,暴君放伐論(モナルコマキ)として,ヨーロッパ政治思想のひとつの論点でもあった。また宗教と政治が未分化な社会では宗教的理由から暗殺が行われたが,特に有名なのは,イスラム教イスマーイール派のアサッシンAssassinにより行われた暗殺でありヨーロッパで暗殺assassinationの語源となったほどである。一般に政治的反対派や反体制運動の存在を認めない抑圧的体制のもとで,暗殺は,反対派が権力者を取り除き,あるいは逆に権力者が反対派を根絶する目的をもって行われる。しかし,個人,集団や階級間の合法的な政治闘争のルールが確立している民主政のもとでは暗殺はいかなる意味でも正当化されないが,右翼や狂信的な過激派の戦術,あるいは政治的リーダーとの非合理な意思疎通を求める手段のひとつとして実行されることがある。暗殺は多く政治家個人を対象としており,体制変革を目的とするものではないから,集団的暴力行使の形態であるテロリズムとは区別されるが,個々の場合にその区分は流動的である。
執筆者:下斗米 伸夫
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