村明細帳(読み)むらめいさいちょう

百科事典マイペディア 「村明細帳」の意味・わかりやすい解説

村明細帳【むらめいさいちょう】

村差出明細帳村差出帳・村書上帳などともいう。江戸時代領主が命じて一村ごとに書出させた村の概要。記載項目は領主が示すのが普通で,内容は村高・反別・検地年貢高・家数・人数のほか,物産寺社河川山林などに及ぶ。幕府領では,正保年間(1644年−1648年)の全国郷帳国絵図の作成に伴って提出されたのが最初で,絵図の作成時のほか,領主・代官交替幕府巡見使派遣,領主・代官の廻村などに際して命じられた。明治政府治下の1871年まで作成された。内容的に類似するものに村鑑大概帳がある。
→関連項目作間稼村絵図

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改訂新版 世界大百科事典 「村明細帳」の意味・わかりやすい解説

村明細帳 (むらめいさいちょう)

江戸時代の地方(じかた)文書の一つ。村差出帳,差出帳,村柄書上帳,村鑑ともいい,現在の市町村勢の要覧に当たる。領主が村と村勢を把握するため,一定の書式によって村から書き上げさせるが,おもに(1)領主の交代,(2)幕府巡見使の派遣,(3)代官・役人の回村,(4)絵図の作成,等のときに書かれる。村高,反別,検地,家数,人物,物産,寺社,河川,山林など村の状況が詳細に記されている。村明細帳の初現は幕領では正保年間(1644-48)で,幕府の全国郷帳国絵図の編成に際して作成された。諸藩ではすべてが定かでないが,紀州藩,小田原藩では寛文年間(1661-73)に見られる。一般的には元禄年間(1688-1704)ごろに書式が整備され,明治政府成立後1871年(明治4)まで作成・使用された。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「村明細帳」の意味・わかりやすい解説

村明細帳
むらめいさいちょう

江戸時代に一村の概要を書き記した帳簿。村差出(さしだし)帳、村鑑(むらかがみ)、村銘細(むらめいさい)、村柄(むらがら)書上帳などともいう。一般に一村の村高、貢租用水普請(ふしん)、戸口、牛馬数、農間渡世(のうかんとせい)、除地(じょち)、寺社、市場などを書き記す。村明細帳は普通、幕府から巡見使(じゅんけんし)が派遣されたり、領主や代官が村々を巡見する場合、または領主の代替りや国替えのときなどに、領主側から村役人に作成を命じて提出させたものである。そのため記載内容もそのときの指示によって精粗がある。また村役人側で租税負担の増大などを恐れて、村の実情をごまかして書き上げる場合もあるが、江戸時代の村のようすを知るうえには手ごろな史料である。

[長谷川伸三]

『野村兼太郎著『村明細帳の研究』(1949・有斐閣)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「村明細帳」の意味・わかりやすい解説

村明細帳
むらめいさいちょう

村柄書上帳,村鑑 (むらかがみ) などともいう。江戸時代,一村ごとに村況を記して領主に提出させた村勢要覧のような帳簿をいう。内容は,村高,反別,貢租,検地,水利,山林,家数,人口,牛馬,作物などの村況全般にわたる。一般に初期のものは簡単で中・後期以降のものは記載内容が多い。元禄年間 (1688~1704) 頃から形式が整備されてくるが,内容には作為のあることも多い。 (→村鑑大概帳 )

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旺文社日本史事典 三訂版 「村明細帳」の解説

村明細帳
むらめいさいちょう

江戸時代の村方文書
村鑑帳・村差出帳・村差出明細帳ともいい,石高・家数・人数・寺社などを記した村勢一覧のようなもの。幕府の巡見使の派遣,領主役人の回村,領主変更の場合などに差し出された。江戸中期以降形式がととのえられ,明治初年まで続いた。

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