東高田村(読み)ひがしたかたむら

日本歴史地名大系 「東高田村」の解説

東高田村
ひがしたかたむら

[現在地名]高月町東高田

布施ふせ村の東、南西流するあか(余呉川支流)流域平地に立地。北部は湧出ゆるぎ山南麓丘陵。高田村ともいった。永禄一三年(一五七〇)三月一二日浅井久政は「高田」から人夫を徴発している(「浅井久政下知状」領家文書)。慶長七年(一六〇二)検地によれば田二四町四反余・高三九六石余、畑一町九反余・高二〇石余、屋敷五反余・高七石余(伊香郡志)。寛永石高帳では彦根藩領七〇石余・紀伊和歌山藩領一四一石余・幕府領二一二石余。二藩領は幕末に至る。幕府領は元禄郷帳で甲斐甲府藩領、文政石高帳・天保八年郷帳では山城淀藩領。


東高田村
ひがしたかたむら

[現在地名]名和町高田たかた

西高田村の東、阿弥陀あみだ川中流の右岸台地上に位置する。拝領高二八五石余、本免四ツ。給人所付帳によると依藤氏の給地。竹運上銀一二匁余が課せられていた(藩史)。宝永七年(一七一〇)の汗入郡郷庄人家等改(名和町誌)によれば家数二五、男六六・女五二、牛二二・馬四。幕末の六郡郷村生高竈付では生高三二九石余、竈数二九。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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