朝日日本歴史人物事典 「柳家小さん(3代)」の解説
柳家小さん(3代)
生年:安政4.8.3(1857.9.20)
明治大正期の落語家。一橋家の家臣の子。本名豊島銀之助。はじめ家寿太夫の名で常磐津語りであったが,明治15,6(1882,83)年ごろ初代柳亭燕枝に入門して燕花を名乗る。一時4代目都々逸坊扇歌について都家歌太郎,21年2代目小さん門で柳家小三治,28年師名を譲られ3代目小さんとなる。訥々としたなかに巧まざる可笑しみを生む芸風で昭和初期まで柳派の中心的存在であった。夏目漱石も作中人物に「小さんは天才である」といわせている。「らくだ」「うどんや」「時そば」など上方噺を東京へ移した功績も大きい。門弟多数。<参考文献>「柳家小さん」(『新小説』1903年1月号)
(山本進)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報