桃園村(読み)ももそのむら

日本歴史地名大系 「桃園村」の解説

桃園村
ももそのむら

[現在地名]櫛形町桃園

十五所じゆうごせ沢登さわのぼり両村の西、南流する大和おおわ川左岸平野に立地する。同川は当村南西端で滝沢たきざわ川に合流原方はらかたに属する。村名は清和源氏の祖源経基の父貞純親王の領地で、桃園院宮ももそのいんぐうと称したことに由来するという(甲斐国志)。村内に若宮(現桃園神社)があり、江戸時代を通じ村の鎮守として信仰を集めた。村域は南北一三町・東西一〇町(享保一五年「村明細帳」桃園区有文書)。天正一〇年(一五八二)一一月九日の徳川家印判状写(川辺氏旧記)に「甲州桃曾禰之内拾五貫文」とみえ、平原内記は徳川氏より本領として当地ほかを安堵されている。翌一一年四月一七日中込次郎左衛門尉は徳川家康より「吉田郷桃曾根」を含めた五貫五〇〇文の地を本領として安堵されている(「徳川家康印判状写」中巨摩郡志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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