梅若丸(読み)ウメワカマル

デジタル大辞泉 「梅若丸」の意味・読み・例文・類語

うめわかまる【梅若丸】

中世近世の諸文芸に登場する伝説上の少年京都北白川吉田少将の子で、人買いにさらわれ、武蔵国隅田川畔で病死したという。東京都墨田区向島の木母寺もくぼじ境内に梅若塚がある。謡曲隅田川」、浄瑠璃などに作品化されている。

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精選版 日本国語大辞典 「梅若丸」の意味・読み・例文・類語

うめわかまる【梅若丸】

謡曲「隅田川」に登場する、京都の北白川の吉田の何某の一人子で、人商人にさらわれて東国へ下り、武蔵国隅田川のほとりで病死した稚児。東京都墨田区の木母寺(もくぼじ)にその遺跡と称するものがある。この伝説をもとに浄瑠璃、歌舞伎仮名草子読本などいわゆる隅田川物が作られた。うめわか

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「梅若丸」の意味・わかりやすい解説

梅若丸
うめわかまる

謡曲、浄瑠璃(じょうるり)、小説などに登場する悲劇の少年の名。説経浄瑠璃では『梅若』または『隅田川(すみだがわ)』の題名で、『苅萱(かるかや)』『山荘太夫(さんしょうだゆう)』『愛護若(あいごのわか)』などとともに五説経のなかに加える者もある。梅若丸の父は京都・北白河の吉田少将で、母は斑女(はんじょ)。父の死にあった12歳の梅若丸は、奥州の知人を頼って下向する途中、人買い男にだまされて、武蔵(むさし)と下総(しもうさ)の境にある隅田川のほとりで病死する。母が尋ねてきたときには、すでに梅若丸は死んでいたので母は狂乱する。謡曲『隅田川』はそのさまを描いたものである。梅若丸を哀れんだ隅田河畔の里人が、死んだ場所に塚を設けて弔った。その梅若塚は現在、東京都墨田区堤通の木母寺(もくぼじ)にある。この伝説は木母寺の縁起となっているが、同寺では4月15日を梅若忌として大念仏会(だいねんぶつえ)を行う。小説では1656年(明暦2)に仮名草子『角田川(すみだがわ)物語』が出版され、1734年(享保19)には浮世草子『梅若丸一代記』(八文字屋本)が出た。古浄瑠璃では山本土佐掾(とさのじょう)の『角田川』があり、やがて近松門左衛門作といわれる浄瑠璃『雙生(ふたご)隅田川』が現れ、歌舞伎(かぶき)の4世鶴屋南北(つるやなんぼく)作『隅田川花御所染(はなのごしょぞめ)』(1814、市村座初演)にまで発展した。

[関山和夫]


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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「梅若丸」の解説

梅若丸 うめわかまる

梅若伝説の主人公。
京都北白川の吉田少将の遺児で,人買いにさらわれ隅田川のほとりで死ぬ。京都からたずねてきた母はそれを知って悲しみにくれる。観世元雅の能「隅田川」で知られ,歌舞伎,浄瑠璃(じょうるり),戯曲などで隅田川物といわれるおおくの作品が生まれた。東京墨田区の木母(もくぼ)寺に梅若塚がある。

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世界大百科事典(旧版)内の梅若丸の言及

【隅田川】より

観世元雅(もとまさ)作。シテは梅若丸の母(狂女)。武蔵と下総(しもうさ)の国境にある隅田川の渡し守(ワキ)が客を待っていると,旅人(ワキヅレ)が来て,あとから女物狂いがやって来ることを知らせる。…

【隅田川物】より

…《双生隅田川》以後,江戸歌舞伎では《法界坊》(《隅田川続俤(ごにちのおもかげ)》),《忍ぶの惣太》(《都鳥廓白浪(みやこどりながれのしらなみ)》),さらに《清玄桜姫》(《隅田川花御所染》《桜姫東文章》)とも結合していく。また,梅若丸の命日が3月15日とあるところから,隅田川物は弥生狂言として上演されることが多かった。そのため,正月狂言の後日という関係から,曾我物の趣向ともからまって複雑化していった。…

※「梅若丸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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