英語教育の先駆者岡倉由三郎が、①に挙げた「日本語学一斑」で用いたのが古く、国語学者上田万年が、「標準語に就きて」(一八九五)を発表したのを契機に一般化した。
一国の教育,放送,行政などに使われる模範的な言葉。首都や文化的中心地の言葉が基盤となることが多い。標準語は,印刷された書き言葉として,近代国家の確立と結びついて普及することが多いが,今は放送での話し言葉における標準も重要である。アフリカなど現代の新興独立国では,まずどの言語を〈公用語〉として採用するかが問題になり,現地語(土着語)を採用した場合には,どの部族,地域,階層の言葉を標準語にするかが問題になる。
日本でも第2次大戦前は,東京山の手の話し言葉(東京語)を基盤とする標準語が全国民の使うべきものとされたが,実際には教科書や言文一致運動以降の文学作品の書き言葉として広まった。戦後は,現実に存在するものを〈共通語〉と呼ぶことが唱えられ,標準語は〈これから作りあげるべき正しく美しい理想的な日本語〉という性格を与えられて,現実には存在しないものとされた。しかし,標準語に非常に近いものが現に観察される。〈まちがった言葉づかい〉や外来語の乱用が非難されたり,辞書に載るのは〈正しい言葉〉と思われたりするのは,共通語を整理した標準語があると思われていることを示す。障害者などへの差別語や〈不快用語〉を避けるのも,標準語設定への一つの動きといえる。また,放送では,アナウンサーの発音や言葉づかいについての成文化した基準があり,現実の話し言葉としては,NHKアナウンサーの言葉は標準語に非常に近いといえる。このように,書き言葉とそれを背景にした公的な話し言葉においては,標準語に近いものが現に機能しつつある。標準語は現実の共通語の中から人為的取捨選択を経て定められるもので,東京の話し言葉とは一致しない。ユッチャウ(言ってしまう),ワカンナイ(わからない)などはその例であり,これらは標準語にはふさわしくないとされる。しかしこのような基準も唯一不変のものではなく,現実の言語変化に左右される。ウレシイデス,トテモイイなどは,かつては正しくないとされたが,今ではしりぞけるわけにはいかない。
→共通語 →言語政策
執筆者:井上 史雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ある国またはある言語集団で、公的生活において規準となるような、音韻・語彙(ごい)・文法等を備えた言語。どんな言語でも日常生活の言語はなんらかの方言差をもっているのが常であるが、公的な伝達理解のためや学校教育のためなどには、その言語集団全員に共通的で規準となる言語が求められる。具体的には中央語に近いある方言をとり、洗練を加える方式が用いられる。そのような理想上の言語を標準語という。
以上のような考え方から、標準語は実在的でなく、文章語、教科書のことば、訓練を受けたラジオ・テレビのアナウンサーのことばなども、全国に普遍的なことばという意味では、共通語というほうがよい、標準語は共通語の謂(いい)にほかならないと主張されている。
英・独・仏・中など諸言語のなかでの標準語論もかまびすしいが、日本語の場合、東西方言の対立、旧社会階層の分離などの要因から、古代前期(奈良時代)には大和(やまと)のことばが、古代後期(平安時代)から中世・近世前期には京都のことばが中央語と考えられたといってよい。近世後期(江戸時代後半)から江戸語が中央語の座につき、明治維新後も多様な方言の対立のなかから前記の公的生活、教育に用いる言語が模索された結果、東京の教養ある階層のことばを素地とするという考え方が支配的になって今日に至っている。しかしなお、音韻、アクセント、語彙、語法など流動性が強く、論議が絶えない。
[林 巨樹]
『石黒魯平著『標準語』(1950・明治図書)』▽『大石初太郎・上村幸雄編『方言と標準語』(1975・筑摩書房)』▽『真田信治著『標準語の成立事情』(1987・PHP研究所)』
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…これはなによりも言語表現において明らかである。アナウンサーの言語表現は,いわゆる標準語あるいは共通語として一種の規範性をもつものとされてきた。日本では東京,山手の言語表現を基礎とした標準語が,放送をとおして全国に規範として普及した。…
…しかし日本では,〈国内の広い地域で共通に理解される,方言以外の言葉〉の意味で使われることが多い。 第2次大戦前は〈方言〉と対立する概念は〈標準語〉といわれたが,戦後〈共通語〉という術語が広がった。標準語と共通語は区別できる。…
…それだけに国家は,民衆の〈撫育教導〉を天皇の名による権力の貫徹としてはかり,頑愚未開な民衆を開化させるという使命観で支配した。このことは,学校教育における〈天皇の国〉意識の涵養(かんよう)のみならず,組織的な集団行動の体得,地域言語としての方言にかわる〈標準語〉という〈国語〉学習の強化等々として展開された。学校体育と運動会や遠足は集団行動の訓練場であった。…
…
[問題の発生]
明治初年ヨーロッパと交通が開けてみると,アルファベットの簡単な西洋語にくらべて,日本語が多くの漢字を学習せねばならず,文字学習の負担が大きいことを見て,これを改革しなければならないと考える人々が現れた。それとともに仮名遣いや送り仮名法の問題も考えられ,江戸時代封建制度の下にはなはだしくなった各地の方言を統一して一つの標準語を確立しなければならなくなった。これらが国語国字問題発生の原因である。…
…〈学制〉以降,大多数の教科書は文語体が採用されていたが,1891年の小学校教則大綱では,普通の言語や〈日常須知〉の文字・文句・文章の読み書きの必要が説かれ,一方,文学や児童文学における言文一致の運動に目をふさぐことはできなかった。最初の国定国語教科書編纂にあたって文部省は口語体を多くするとしたが,同時に東京の〈中流社会〉で行われているものをもって国語の基準にすると定められ,これが〈標準語〉とされるようになる。多くの地方の子どもにとってふだん話し聞く言葉とこの〈標準語〉とはくいちがっていたが,やがて科学論文や文学作品を読めるようになるには,〈標準語〉の読み書きを学ばなければならなかった。…
…琉球列島の総人口は約130万であるが,その中には方言を使わなくなった若い世代が相当ふくまれている。今日,学校教育および,すべての公的な場面で用いられるのは本土方言に属する標準語であって,琉球語の使用範囲は狭まっている。なお,沖縄では,本土を’jamatu(やまと。…
※「標準語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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