武家法(読み)ブケホウ

デジタル大辞泉 「武家法」の意味・読み・例文・類語

ぶけ‐ほう〔‐ハフ〕【武家法】

武家が政治的権力を掌握していた時期の法体系。はじめ武士間の慣習法として成立、鎌倉幕府御成敗式目成文法として確立。戦国大名分国法を制定してそれぞれの領国を支配、江戸幕府禁中並公家諸法度武家諸法度などを制定して封建制度維持の基とした。

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改訂新版 世界大百科事典 「武家法」の意味・わかりやすい解説

武家法 (ぶけほう)

日本の武士社会において生み出され,展開した法の系列。武家政権国家法である幕府法などから,武士団家法,国人一揆の一揆契約状などの個別団体法を含めた法の総称。平安時代中期以降各地に武士が発生し,その族的結合,主従結合の上に武士団が成立すると,自生的に形成された慣習を土台に,荘園領主の支配法である本所法国衙法(こくがほう)などの影響をうけて,武士社会固有の習(ならい),例などと呼ばれる法慣習が生まれた。これらの武士団は,開墾地を中心とする私的土地所有の発達に基づき,地主,在地領主としての地位を獲得するとともに,族縁的家を基礎として,その職能としての軍事,警察を家業とする職能団体として存在していた。そこで,その家の存続・強化,家産の維持・拡大を目的として,その内部に団体法を形成するとともに,武士社会に共通する諸規制をつくり出した。武士固有の職能に基づく〈兵(つわもの)の道〉と呼ばれる諸作法,合戦の法,敵討(かたきうち)などの復讐の習などのほか,家の維持を目的とする相続法などの家族法・主従法,家産維持のための土地財産保護法・農民支配法など,多様な法慣習がつくられていた。また刑罰の面でも,土地財産などの没収刑とともに,公家法本所法にはみられない死刑,肉刑などが慣習として行われていた。これらの多様な法慣習に流れる特徴は,自律集団としての武士団の本質に基づく強い自力救済観念と,家産の保持に典型的にみられる私有財産および私権の尊重という観念であった。

 12世紀の末,これら武士団を組織した鎌倉幕府が生まれると,これら武士社会の法慣習に,王朝国家を支える法体系である公家法,本所法を部分的に吸収した新しい国家法としての法体系が形成された。これが鎌倉幕府法であり,その基本法として制定されたのが《御成敗式目》である。《御成敗式目》は武家政権の国家法としての自覚のもとに制定され,公家法の影響下に新しい国家体制をつくる諸立法がみられるが,その立法の基底には,武家社会で形成されていた〈武士の習,民間の法〉が存在し,これらを前提に,現実に対応して,成文法としてより具体化するかたちで,修正・確認さらには補充が行われたものが多くみられる。土地に対する長年におよぶ事実支配は,当該地に現実に行使されない権利に優先するという観念からつくられた年序法が,式目において知行年紀法として定立された例などは,その典型をなすものである。さらに,この式目およびその補充を目的に立法された追加法などの鎌倉幕府法は,幕府を支える地頭・御家人の家の自律性,領主支配の独立性を前提にしたかたちで立法されている。武士の家の内部に幕府権力が介入しえないという原則のもとに相続法,主従法が制定され,領主の農民支配に対しても,その独自の支配の権限を認めたうえで,為政者の立場から撫民法を制定し,そこに一定の基準をうちだしているにすぎないのである。

 幕府法は鎌倉時代には公家法,本所法などと併存し,相互に影響しあって展開したが,幕府権力の伸張とともにしだいに優位に立ち,室町時代には公家法を吸収し,本所法に優越するものとなった。室町幕府は随時個別法を発令し,これらは前代と同じく《御成敗式目》に追加する意味で追加法と称した。この追加法においては,手続法が簡易化するとともに,主従法,族縁法が急激に減少し,代わって売買貸借法などの経済関係の法が激増する傾向がみられる。また前代の法と比べての特徴は,徳政令,撰銭令(えりぜにれい)などにみられるような法の対象とする層の拡大に応じて,法文も仮名まじりの読み下し文など平易化していったことであり,この傾向は後代の分国法などに継承されていった。

 さて,このような幕府法にたいして,幕府を支える武士が個別的に定めた法の系列も,しだいに成文化し発展していった。置文(おきぶみ),家訓,家法の系列であって,最初なお道徳的性格を強くもった家の規範として出発したこれらの法は,しだいに法と道徳の分化がすすみ,室町時代に入って家の形態・在地構造の変化に対応して,大名などの家法がつくられるとともに,国人一揆の一揆契約状などの領主間協約もつくられるようになった。これらの法は,その系譜も性格も異なるが,その地域の多様な法慣習を土台にして成立した地域権力体の法としての特徴を示し,また領主が伝統的に保持してきた領主権などの私権を制限し,自力救済権を否定していくことを目的とした共通の傾向がみられるのである。そして,この家法,一揆契約状の発展の系列のなかから,国家法としての分国法が成立し,これらの傾向・特色が明確なかたちで法文化されるにいたるのである。分国法の特色といわれる武断的性格も,以上のような在地領主の支配の慣行を取り込み,これを国家法として上から強制したところから生じたものであり,その意味で分国法が中世武家法を統合した法であるといわれるのである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「武家法」の意味・わかりやすい解説

武家法
ぶけほう

武士が主要な社会階級として自立し、政治権力を掌握していた期間の法体系。平安末期に始まり江戸末期に終わる。

発生

律令(りつりょう)制の衰退とともに、朝廷では、律令格式(きゃくしき)の解釈や慣行によって現実に即した法の運用を行うようになった。これを公家(くげ)法とよぶ。一方、大社寺・貴族などの荘園(しょうえん)領主は、荘園の支配者として独自の法を形成する。これが本所(ほんじょ)法である。この二つの法圏のなかから、在地領主としての武士階級が発生し、土着の法慣習を形成するが、これが一つの法圏として独立するには、鎌倉幕府の成立を要した。

[羽下徳彦]

鎌倉時代

源頼朝(よりとも)は幕府を確立し、「武家の習(ならい)、民間の法」とよばれた武家社会の慣習法に基づいて裁判を行ったと伝えられ、それは「右大将家例(うだいしょうけのれい)」として定着した。そのうえにたって北条泰時(やすとき)は1232年(貞永1)、「道理(どうり)」を理念として、武家法最初の成文法典たる「御成敗式目(ごせいばいしきもく)」を制定した。その後はそれに対する追加という意味で、「追加」と称する単行法令が多数発せられた。武家法はその独自性を主張しながらも、公家法、本所法を否定するものではなく、幕府支配下の武士集団も、それぞれ独自性を有し、成文の家法(かほう)を制定するものもあれば、置文(おきぶみ)などの形で族内秩序や所領支配の法を規定するものもあった。また、当事者自身による権利の主張・確保が法秩序維持のために重視された。

[羽下徳彦]

室町・戦国時代

室町幕府は鎌倉幕府の体制を継受し、立法も追加の形でなされた。しかし幕府は、朝廷、本所の存在は認めつつも、しだいにその支配の場を狭め、個々の法理の面でも武家法が公家法、本所法を圧倒してゆく。幕府は中央権力としては強固でなく、初期から守護大名らによる分権的傾向が強かったが、応仁(おうにん)の乱(1467~1477)による幕府の衰微を機として、地方におこった戦国大名が、領国支配の秩序を形成する。そこでは一般に支配者たる大名の権力を絶対化し、主従関係の規制から年貢収納、農民支配に至るまで、秩序維持のための強権的傾向がうかがわれる。戦国大名の発布した法典を総称して戦国家法(かほう)、分国法という。

[羽下徳彦]

江戸時代

江戸幕府は戦国の分裂を収束して国土の事実上の支配者となり、法の面でも禁中並公家諸法度(きんちゅうならびにくげしょはっと)(禁中并公家中諸法度)、諸宗本山本寺法度で、朝廷、寺社を厳しく規制し、武家諸法度で武士を統制した。当初は慣習法支配の性格が強いが、8代将軍徳川吉宗(よしむね)のとき公事方御定書(くじかたおさだめがき)が制定されてから、成文法主義の方向を強めた。江戸幕府の法令は「御触書(おふれがき)集成」や、「徳川禁令考(きんれいこう)」に収められている。諸藩、ことに岡山池田、鳥取池田、金沢前田、米沢(よねざわ)上杉などの大藩は、独自の藩法をもっている。幕府法、藩法とも、封建君主による民衆支配の法として、厳重な身分規制を有しており、また成文法であってもかならずしも公布されたものばかりではなく、権力の側の基準として秘密法の性格を有するものも多い。

[羽下徳彦]

『石井良助著『日本法制史概説』(1960・創文社)』『牧健二著『日本封建制度成立史』(1935・弘文堂)』『『岩波講座 日本歴史 中世 2』(1963・岩波書店)』『『岩波講座 日本歴史 中世 1』(1975・岩波書店)』『小早川欣吾著『近世民事訴訟制度の研究』(1957・有斐閣)』『平松義郎著『近世刑事訴訟法の研究』(1960・創文社)』『服部弘司著『刑事法と民事法――幕藩制国家の法と権力』(1983・創文社)』


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百科事典マイペディア 「武家法」の意味・わかりやすい解説

武家法【ぶけほう】

武家社会に発生し展開した法。現実的,武断的で,慣習法を基礎とする。〈武士のならい〉として平安後期の武士団内部に発生したが,当時は置文(おきぶみ)・譲状(ゆずりじょう)にみられるように,同族・主従関係の維持・強化が主目的であった。鎌倉時代に,いわば武家法の独立宣言として《御成敗式目》が制定され,以後はその追加法として展開,《新編追加》,《建武式目》,《建武以来追加》などが編纂(へんさん)された。戦国期には領国支配をめざした大名の家法が分国法として発展。江戸時代にはこれが幕府の武家諸法度ほかの諸法度,各藩の藩法として完成し,慣習や自由裁量によることの多かった行政法・刑法関係法規も,《公事方御定書(くじかたおさだめがき)》などに集成された。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「武家法」の意味・わかりやすい解説

武家法
ぶけほう

日本の武士社会に発達した法の体系。鎌倉時代に武家とは,公家 (朝廷) に対する言葉で幕府をも意味し,武家法とは,公家法または本所法に対する幕府法のことであった。その武家法としては『御成敗式目 (貞永式目) 』があげられ,武家法制の成文典の最初とされる。室町時代から戦国時代にかけ公家が勢力を失い,分国 (領国) が発達するに及んで,幕府法および分国法が,いわば武家法になった。江戸時代には元和1 (1615) 年に徳川家康の定めた『武家諸法度』,寛永9 (32) 年に発布された『諸士法度』 (1万石以下の旗本御家人を対象とする) ,寛保2 (1742) 年8代将軍徳川吉宗の定めた『公事方御定書』などがある。

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「武家法」の解説

武家法
ぶけほう

武家によって制定された法,あるいは武家の政治を基礎づける法。中世法は一般に公家法・武家法・本所法に三分され,武家法は,源頼朝の時代に始まるとされる武士社会の慣習と,それらを法文化した「御成敗式目」とに起源をもち,鎌倉・室町両幕府によって運用された法と理解されている。しかし,武士社会の慣習的な規範と,幕府が法として示した規範の間にはしばしば大きなずれがあり,むしろ律令などに由来する公家法に準じた規範を成文化したものも少なくない。武家法は,武士社会の自律的な発展の産物ではなく,公家政権とのかかわりのなかで法としての表現を与えられた規範であると考えたほうがよい。

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旺文社日本史事典 三訂版 「武家法」の解説

武家法
ぶけほう

武家政権時代,武家社会に発達した法制
武士の成長に伴い武家社会に独自の慣習法が発達。1232(貞永元)年鎌倉幕府の制定した御成敗式目は武家最初の成文法で,ここに武家法の独立と法治主義の確立をみた。以後これを根本法として,必要に応じ追加法令で補った(式目追加)。室町幕府も御成敗式目を根本法として必要に応じ新令を加えた(建武以来追加)。戦国大名は領国統治のため分国法を制定。江戸幕府は初め武家諸法度・諸士法度など多くの基本法を制定し,のち公事方御定書の編集,御触書類の編集も行った。一般に武家法は現実的・武断的である。

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世界大百科事典(旧版)内の武家法の言及

【中世法】より

…他面,鎌倉・室町幕府の構成分子たる大小の武士団の中には,置文(おきぶみ)・家訓(かくん)・家法(かほう)などを定めて家の生命の維持発展を図るものが多く,やがてこれらの家の規約を根幹として,領主法的性格を加えた家法が現れるようになった。これら武士政権の国家法たる鎌倉・室町幕府法および武士団の家法の総体を武家法とよぶ。また宗教界では,個々の宗門,大小多数の寺院が各僧団の宗教的生命の維持を目的として種々の制法を定めた。…

【律令法】より

賤民の身分は,陵戸,官戸,家人(けにん),公奴婢(ぬひ),私奴婢の5階層に区別され,各階層は同一身分内部で婚姻しなければならないという当色婚の制度によって隔離されていた。この複雑な賤民の等級は,唐令の賤民制度の継承であるが,それは中世武家法における賤民制度とちがった律令法の特徴をなしている。良民は階級的には貴族と平民に二大別されているが,両者の区別は法的には明確ではなかった。…

※「武家法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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