毛利勅子(読み)もうり ときこ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「毛利勅子」の解説

毛利勅子 もうり-ときこ

1819-1879 明治時代の教育者。
文政2年2月23日生まれ。周防(すおう)(山口県)徳山藩主毛利広鎮(ひろしげ)の7女。天保(てんぽう)10年厚狭(あさ)毛利家の毛利元美(もとよし)と結婚。明治6年船木村(楠町)に女児小学(厚狭高の前身)を創立,校長訓導をかねた。明治12年2月2日死去。61歳。初名は絢子。号は琴窓。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android