翻訳|glacier
地上に降り積もった雪(積雪)がしだいに厚くなって氷となり、重力によって流動するようになったものを氷河とよぶ。
[小野有五]
降ったばかりの雪(新雪)の密度は約0.05~0.15g/cm3で、雪の結晶と結晶の間は空気で満たされている。しかし積雪が厚くなると、上からの重みですきまが押しつぶされ(圧密)、空気が抜けて固くしまった雪(しまり雪)になる。また、日中雪が融(と)けて夜間にふたたび凍るような場合には、粒の粗いざらめ雪ができる。積雪はこのようにしてしだいに密度を増していき、密度が0.5g/cm3以上になるとフィルンfirnとよばれる。夏が過ぎても融けきらず、年を越した雪渓(越年雪渓)の雪はこのようなフィルンになっている。フィルンがさらに圧密を受けて密度が約0.83g/cm3以上になると、結晶と結晶との間のすきまがつながりを絶たれて、空気は気泡となって閉じ込められるようになる。これが氷河の氷、つまり氷河氷(ひょうがごおり)である。新雪から氷河氷への変化を変態とよび、積雪の融解を伴う場合(温暖変態)には比較的早く進むが、南極のように、気温が低いために積雪の融解が生じない場合(寒冷変態)には、変態は数百年をかけてゆっくりと進行する。
[小野有五]
氷河は、その上に積もる雪氷の量(涵養量(かんようりょう))が、融けていく雪氷の量(消耗量)より多い涵養域と、涵養量が消耗量より少ない消耗域に分けられる。消耗量は気温が高いほど多くなるから、氷河の上流側が涵養域に、下流側が消耗域となる。両者の境界線では涵養量と消耗量が等しい。この線を均衡線(平衡線)という。涵養域では積雪量が融雪量を上回るので、氷河の表面はつねに、新雪や前の年に降った雪、すなわちフィルンに覆われており、ある深さから氷河氷が現れる。これに対して消耗域では、融雪量が積雪量を上回るため、降雪のあったあとを除けばつねに氷河氷が露出している。したがって、主として冬に積雪のある氷河では、夏になると下流側から雪が融け、夏の終わりには、涵養域にだけフィルンが残ることになる。このフィルンの下限を連ねた線をフィルン線といい、均衡線の位置を近似的に示している。氷河の涵養量と消耗量のバランスを氷河の質量収支とよぶ。南極大陸の氷河のように、気温が低いために全域が涵養域となっている氷河では、氷河が海に流れ込み、氷山となって流出(氷山分離、カービングcalvingという)することによって氷河が消耗し、その質量収支を保っている。
[小野有五]
涵養域では積雪量が融解量を上回るので、氷河はどんどん厚くなり、消耗域では融解量のほうが多いので、氷河はどんどん薄くなるはずである。しかし安定した氷河では、氷河の形や厚さは年々ほとんど変わらない。これは、涵養域でよけいにたまった分が、消耗域でよけいに融けた分をちょうど埋め合わせているからで、これが氷河の流動である。しかし、氷(固体)である氷河がなぜ流れるかという問題は、長い間、物理学者を悩ませた問題であった。19世紀にアルプスの氷河を研究したフォーブスJ. Forbesは氷河が水飴(みずあめ)のように流れるという粘性説を発表し、一方、ティンダルJ. Tyndallは、氷河の流動を、ファラデーによって発見された復氷の理論によって説明した。現在では、氷の結晶の塑性変形と、氷河の底面滑りが流動をもたらすと考えられている。氷の結晶は融点近くにあるので、強く熱せられた金属が変形しやすいように力を受けると、塑性的に変形する。氷の結晶はちょうどトランプのカードを積み重ねたような構造をもっているため、上から重力が加わると、カードが崩れていくように、結晶にずれが生じて変形するのである。
氷の塑性変形の研究は、レオロジーrheology(流水学)の発展に役だった。塑性変形による流動は、南極大陸の氷河のように、氷がつねに底面の岩盤に凍り付いている氷河(寒冷氷河)では、流動の主役をなしている。これに対して、氷の圧力のために融けて(圧力融解)、氷河の底面に薄い水の膜が存在しているような氷河(温暖氷河)では、この水の膜の上を氷河が滑る底面滑りが流動の主役となっている。塑性変形だけで流動する寒冷氷河の流動速度は遅く、1年に数メートルないし数十メートルにすぎないが、底面滑りが活発に生じている温暖氷河では、1年間に数十メートルないし数百メートルも流動する。谷氷河では、流速は川と同じように中央部ほど大きく、谷壁に近いところでは摩擦によって小さくなる。このような流速の違いや、底面の勾配(こうばい)の急な変化によって、氷が引き伸ばされたり押しつぶされたりすると、氷河には割れ目(クレバスcrevasses)ができる。勾配がとくに急なところを氷河が通過するときには、氷河が多くのクレバスによってずたずたに割れ、セラックseracs(氷塔)とよばれる氷の塊になって流下する。こうした場所は氷河の滝のようにみえるのでアイスフォールice fall(氷瀑(ひょうばく))とよばれる。アイスフォールより下流では、氷河の表面に、下流側に凸面を向けた縞(しま)模様がみられることがある。これをオーギブogivesといい、気泡のない青い氷と、気泡をもった白い氷の繰り返しでできている。青い氷は、夏にアイスフォールを通過した氷河氷で、表面で融解と凍結を繰り返し、細かい塵(ちり)などを含んだために青くなったものにあたり、白い氷は、冬に凍結したままアイスフォールを通過した氷に相当する。したがって、オーギブの間隔は、氷河の1年間の流動距離を示す。
[小野有五]
氷河は、その広がりによって氷床(大陸氷河)と山岳氷河に分けられる。氷床は面積が100万平方キロメートルより広く、大陸全体を一面に覆う氷河で、厚さは3000メートルを超えるため、山脈や谷などの大きな起伏も氷河の下に隠されてしまうことが多い。現在では南極大陸とグリーンランドだけにあり、南極氷床とグリーンランド氷床だけで地球上の全氷河面積の約96.5%を占めている。これに対して山岳氷河は、山地の中で雪のたまりやすい谷や凹地に氷河が発達したもので、急な岩壁は氷河に覆われず、氷河の上にそびえ立っている。氷床でも、高度が大きいために氷床の上に突出している山地をみることがあり、このような山地をヌナタクnunatak(元はイヌイット語)という。
氷床と山岳氷河の中間的な規模をもつ氷河としては、氷帽(氷河)と溢流氷河(いつりゅうひょうが)がある。氷帽は山地の頂部を帽子のようにすっぽりと覆う氷河で、面積5万平方キロメートル以下のものをさす。アイスランドのバハトナヨークトル(バトナイェークル)は代表的な氷帽である。溢流氷河は、氷床や氷帽の末端部が谷の中に流れ込んで谷氷河になったもので、グリーンランドやアラスカの海岸山脈に多い。
山岳氷河は、(1)急な岩壁に氷河が垂れ下がった懸垂氷河(けんすいひょうが)、(2)氷河が谷の最上流部を丸くえぐってカールKar(ドイツ語)(圏谷)をつくり、そこから流れ出たカール氷河、(3)いくつかのカール氷河が合流して、さらに谷を流れ下る谷氷河、(4)谷氷河が山麓(さんろく)まで達して、扇状地のように山麓で扇状に広がった山麓氷河、などに分けられ、氷河の規模はここにあげた順に大きくなっている。
ヒマラヤなど、急な山岳地域の谷氷河のなかには、岩壁から雪崩(なだれ)によって落下した積雪や氷が谷底にたまってできたものが多く、これはトルキスタン型氷河とよばれる。岩壁から崩れ落ちた岩屑(がんせつ)や、氷河が運んできた岩屑が表面を覆って、氷河の表面が汚れていることも少なくない。一方、山頂部の傾斜が緩やかなところでは、アルプス山脈のモンブランの山頂のように、山頂をすっぽり覆った小さな氷帽ができることもある。このような氷帽は、とくに山岳氷帽とよばれる。
[小野有五]
氷河の均衡線の高さは年によって変動するので、これを長期間にわたって平均したものを雪線という。雪線の高さは気温と降雪量によって決まり、一般に両極から赤道に向かって高くなる。しかし雪線がもっとも高くなるのは赤道ではなく、乾燥して降雪量が減る亜熱帯高圧帯である。内陸と海岸では、降雪量の少ない内陸ほど雪線が高くなる。また、降雪をもたらす卓越風との関係でみると、卓越風を最初に受ける風上側の山地ほど雪線は低い。これに対して、一つの山や尾根の風上側と風下側でみると、風上側では積雪が風によって吹き飛ばされ、風下側では雪が吹きだまるので、氷河は風下側にできやすく、風下側のほうが雪線は低くなる。また北半球では、北向きや東向きの氷河は、南向きや西向きの氷河に比べて日射や太陽の熱を受けにくいので、より低い雪線をもつことが多い。このように、雪線の高さは地形によって大きく影響されるので、それを地形的雪線ということがある。
[小野有五]
氷河は気候が変化すると、それに応じて拡大したり縮小したりする。気温低下や降雪量の増大があれば、涵養量が増え、消耗量が減るので均衡線(雪線)の位置は下がり、氷河は前進(拡大)する。反対に、気温上昇や降雪量の減少があれば、氷河は後退(縮小)する。気候の寒冷化によって氷河が前進・拡大し、北半球に大きな氷床ができた時期が氷期である。
[小野有五]
氷河は流動することによって岩盤を削り、削り取った岩屑を運搬して堆積(たいせき)する。氷河の侵食・運搬・堆積作用によってつくられた地形を氷河地形とよぶ。氷河による侵食作用は氷食(作用)ともよばれるので、主として氷河の侵食によってできた地形氷食地形ということもある。
氷河の底では、岩盤の割れ目にしみ込んだ水が凍るときに膨張して岩石が壊され、こうしてできた大小の岩屑は氷河の底面に凍り付いて運ばれていく。このため、氷河の底になった岩盤の表面は滑らかに擦り磨かれて、氷河の流動方向に擦り傷(擦痕(さっこん))や浅い溝(条溝、グルーブgroove)がつけられる。このような過程で、岩屑はさらに細かく擦りつぶされ、粘土のような細かい粒子となる。氷河から流れ出す川の水が白く濁っているのはこのためで、グレイシャー・ミルクglacier milk(氷河乳)とよばれる。
氷河の底に突出した岩盤があると、氷河がそれを乗り越えていくときに、岩盤の上流側は擦り磨かれて丸くなる。突出部の頂部では、氷河の圧力が大きくなるので底面の氷は部分的に融ける(圧力融解)。突出部の下流側では、氷河と岩盤との間にすきまができ、圧力が低下するので、融け水はふたたび凍って岩石を壊す。こうして、上流側では丸く、下流側では凍結による岩石の破壊によってごつごつした形になった羊群岩(羊背岩、ロッシュ・ムトネroches moutonnéesともいう)がつくられる。
氷食によってつくられる地形のうちで、規模が大きいのはカールやU字谷(こく)である。両側をカールやU字谷によって削られた尾根は鋭くとがった「やせ尾根」となり、アレートarête(フランス語)とよばれる。また三方を急なカール壁に囲まれた山頂は、アルプス山脈のマッターホルンのように鋭くとがった尖峰(せんぽう)(ホルン
)となる。氷河によって削られた谷は氷食谷とよばれ、U字谷が有名であるが、U字谷の底は厚い堆積物で埋められていることが多く、谷底まで岩盤が露出しているところでは、V字谷状の横断面を示す氷食谷も少なくない。沈水した氷食谷はフィヨルドfiordとよばれる。
氷河によって運搬された大小の岩屑が氷河の下流部(消耗域)で堆積してできた地形はモレーンmoraine(堆石(たいせき))とよばれ、氷河の両側にできたラテラル・モレーンlateral moraine(側堆石堤)、末端でラテラル・モレーンが一つにあわさったターミナル・モレーンterminal moraine(端堆石堤)、かつての氷河底面に残されたグラウンド・モレーンground moraine(底堆石)などがある。グラウンド・モレーンだけはラテラル・モレーンのような土手状の高まりをつくらず、不規則な高まりと凹地の連なりからなる。
氷床のつくる地形は、山岳氷河のつくる地形に比べてはるかに規模が大きい。氷期に北アメリカや北ヨーロッパを覆っていた氷床の末端近くでは、氷が部分的に融けて氷床の内部や底部に長いトンネルができており、その中を氷河の融け水が岩屑を運んで流れていた。氷床が融け去ると、融け水によって氷のトンネルの中にたまった大小の礫(れき)は、そのまま地高の上に堆積して、氷河の流動方向に長く続く丘をつくった。このような長い丘をエスカーeskerとよび、高さ200メートル、幅3キロメートル、長さ500キロメートルにも及ぶものが知られている。また、グラウンド・モレーンなどの一部が氷河の圧力によって盛り上がり、氷河の流動方向に並ぶ細長い小丘となったものはドラムリンdrumlinとよばれる。氷床や山岳氷河の末端より下流では、氷河の融け水によって運ばれた砂礫(されき)が厚く堆積して、氷食谷の底を埋めたり(バリー・トレインvalley train)、広大な扇状地の平野(アウトウォッシュ・プレーンoutwash plain、アイスランドではサンドルとよばれる)をつくったりする。氷河の融け水で運ばれた堆積物を、融氷河流堆積物(アウトウォッシュ堆積物)とよぶ。
[小野有五]
『若浜五郎著『氷河の科学』(1978・NHKブックス)』▽『町田貞他編『地形学辞典』(1981・二宮書店)』▽『小林国夫・阪口豊著『氷河時代』(1982・岩波書店)』▽『J・インブリー、K・P・インブリー著、小泉格訳『氷河時代の謎をとく』(1982・岩波書店)』
陸上の積雪が変化して氷となり,自重や上方からの圧力で流動するもの。現在の氷河(氷床)の大部分は南極とグリーンランドに分布しており,そのほか世界各地の高山地域に小さなものが分布している。その面積は地球の陸地の約10%を覆っている。氷河時代にはその3倍にも達していた。火星もちょうど帽子をかぶったように,極地方が直径1000kmくらいの氷帽氷河に覆われている。小惑星のなかにも氷からなるものも多い。要するに氷はH2Oの低温域での普遍的存在形態であり,地球は緑の惑星であると同時に,水と氷の惑星でもある。
氷河はいずれも人間の活動の場から遠くあるいは高く離れているため,注目されることは少なかった。18世紀ころから知的好奇心の対象となり始め,19世紀になると科学的な研究が盛んに行われるようになった。初期の研究者ではイギリスの物理学者J.ティンダルが有名である。彼はT.H.ハクスリーと協力してアルプスの氷河を研究し,多くの科学解説書を著した。また過去の氷河作用についてはA.ペンクとE.ブリュックナーの共著で古典的な研究《氷期のアルプス》がある。さらに極地の氷河についてはA.L.ウェゲナーやH.W.アールマンが代表的な研究者である。氷河に関する科学を氷河学glaciologyという。これは自然地理学,地質学,地球物理学,地球化学などと関連があり,細分すれば,氷河にかかわる気象・気候を研究する分野,氷河の流動を研究する分野,氷河氷の形成・変態・物性などを研究する分野などに分けられる。現在,日本には氷河が存在しないため,研究者の数は多くはないが,国外の氷河を対象に活発な研究活動が行われている。研究者は日本雪氷学会に属し,北海道大学低温科学研究所,名古屋大学水圏科学研究所などが研究の中心である。文部省極地研究所も南極地域観測の一環として同地域の氷河および雪氷の観測・研究を続けている。
氷河は雪に由来する陸氷である。したがって海水が凍ってできる海氷や,陸水が凍ってできる湖氷,河氷,凍土などを除いた地表の氷を指す。積雪は融解・凍結のある所では比較的速く(1~数年程度),また融解の起こらない寒い所ではゆっくりと(数百年程度),したがって雪面から数十m下で,フィルンFirn(ドイツ語)と呼ばれる状態を経て氷に変わる。これは氷の結晶の成長によるもので,それに伴って比重が増す。雪からフィルンへの変化は漸移的であるが,フィルンのなかの空気が孤立して気泡として存在するようになると,氷河氷と呼ばれる。このときの比重は約0.83である。
積み重なった氷の重量と上流からの圧力によって氷河氷は流動体として振る舞う。その速さは1日数十cmないし1m程度の値であることが多い。流動は塑性変形に由来するほか,摩擦熱などのために底面に水が存在するようなときは,底面滑りの割合がとくに大きいといわれている。流動に伴い氷が過度のひずみを受けると,伸張によって破壊され,深い割れ目クレバスcrevasse(フランス語)が形成される。その極端な場合が氷瀑(アイスフォールicefall)である。また圏谷壁との間に生じた割れ目をベルクシュルントBergschrund(ドイツ語)という。
氷河はそれが形成される地形に応じて大きく二つに分類される。一つは平坦で広大な大陸に形成されているもので大陸氷河continental glacierあるいは氷床ice sheetと呼ばれる。もう一つは起伏の大きい高山地帯に形成されているもので山岳氷河mountain glacierあるいは谷氷河valley glacierと呼ばれる。氷床は平坦であるために流動は活発でないが,2000~3000mもの厚さをもつことによって初めて傾斜を生じ,ゆるやかな流動が起こる。氷床の縁の部分でとくに流動の大きい所には,南極大陸のランバート氷河や白瀬氷河のように,氷河という名称が与えられている。
一方,山岳氷河では急傾斜のため氷がすぐに温暖な低所に流出するため小面積となる。山岳氷河はその規模と形態からさらに細分される。懸垂氷河は急な斜面にへばりついたような小さなもので,そこからさらに下方へ落下して再生氷河(トルキスタン型氷河)がつくられていることもある。氷期に形成されたカール(圏谷)地形のなかに収まっている圏谷氷河,カールを谷頭部に形成しながら谷の下方へ流れ出している谷氷河(アルプス型氷河),谷氷河がいくつか合流して山麓の平野にまで達している山麓氷河(アラスカ型氷河)など規模に応じて名前が付けられている。大陸氷河よりはるかに小規模だが,山地全体が帽子をかぶったように氷河に覆われている例もあり,氷帽氷河と呼ばれる。
比較的温暖なため氷河の表面や内部に水の存在する温暖氷河と寒冷で乾いた寒冷氷河とに分類することもある。氷河底の水は潤滑液として働くので氷河の流動特性に大きな影響を与える。また夏や日中に表層部に水があるような所では,雪から氷河氷への変態が速くなる。
積雪,雪崩(なだれ)などで氷河に付け加えられる雪氷を収入とし,融雪,昇華などで失われる雪氷を支出とし,収支のバランスを考える。一般に低所ほど高温なので融雪量が多く。そのため,氷河上のある高度で1年間の積雪量と融雪量が等しくなると考えられる。積雪量>融雪量となる区域を涵養(かんよう)域,積雪量<融雪量となる低い区域を消耗域という。二つの区域を分ける線を平衡線という。平衡線は雪氷学の用語で,自然地理学では古くから雪線snow lineという用語が用いられている。ただし概念はやや異なり,空間的にも時間的にも平均化した状態の境界線という意味が強く,その位置は観測により定めるのではなく景観的に,あるいは近似法で推定する。雪線は森林限界線などとともに高山地域の自然地域区分の境界線として重要である。
ところで,ある期間を通じて涵養域で過剰となった氷は消耗域へ氷河の流動という形で流出する。涵養域,消耗域という地域分化が生じ,その結果として流動がみられる氷体が氷河である。氷河が単なる氷体と異なるのは氷河が一つの開放系(オープン・システム)であるということである。氷河には年々雪氷が付け加わり(インプット),水となって溶けて流れ去る(アウトプット)。このような物質循環のシステムで氷河が動的なバランスを保とうとするかのような反応を示すという点は注目される。すなわち気候が変化して積雪量が増えるか融雪量が減るかなどすると,バランスを保持しようとするかのような方向の反応をする,すなわち結果として融雪量が増えることになる消耗域が拡大するという反応が起きる。逆の場合も同様である。このようにして地質時代の気候変動は氷河の拡大・縮小の歴史に記録される。
氷河の変動は,(1)氷河の末端である氷舌glacier tongue端の前進・後退,(2)氷河面積の変動,(3)雪線高度の変化,などを指標として示される。この順に地質・地形学的証拠から氷河の変動を復元するのに困難が多くなるが,逆に気候との対応は良好となる。(1)や(2)は終堆石堤列あるいは側堆石堤の分布から復元されるが,気候変化の傾向を示すのみで,定量的な推定は不可能である。(3)の雪線高度の変化は気温が5~7℃低下すると1km低くなるという気温逓減(ていげん)率によって,氷期の気温の低下量の算定に用いられる。地域によって値は若干異なるが,最終氷期の雪線は現在より700~1600m(世界的には平均1000m)ほど低い所にあった。したがって氷期の気温は,現在よりおよそ6℃くらい低かったと見積もられている。
雪線高度の世界的分布を見ると,だいたい0℃の等温線に一致している。しかし乾燥している亜熱帯高圧帯ではそれより高く,偏西風降雨帯では低い。また降水量が少なく気温の年較差が大きい内陸部で高くなり,大陸の西岸では東岸より高くなる。大きな山脈では雪をもたらす卓越風の風下側へ雪線高度は高くなる。一つの稜線については積雪が風によって吹き飛ばされるため,風下斜面の方が積雪が多く,雪線が低くなる。また太陽光線に対する露出度の関係で南北非対称になることが多い。世界的分布図を書くときはこのような局地的な変化を平均化したデータを用いている。
現在日本には北アルプスや月山,鳥海山などで越年する雪渓が見られるが,氷河は存在しない。越年雪渓は局地的に,吹雪や雪崩で積雪が年間の積算で30mを超えるようなところに限られる。しかし氷期には,日本アルプス,日高山脈などには氷河が存在した。その証拠は氷食岩峰やカール地形などとして残されている。カール底の高さ(ほぼ氷期の雪線高度に相当)は日本アルプスで2300~2700m,日高山脈で1500~1700mくらいである。現在の仮想的な雪線は氷河のない富士山頂よりやや高いところにあると見積もられている。
→氷河地形
執筆者:野上 道男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
…これらの水和物の結晶も,氷の変種とみることもできる。水【曾根 興三】
[地球上の氷]
地球上の氷は氷河glacier,永久凍土中の氷,河川や湖沼の氷,海氷,積雪,氷山,大気中の氷などいろいろな状態で存在しており,それらの氷の量,分布範囲,滞留時間は表2のとおりである。滞留時間は現存量を年間供給量で割ることで得られ,その氷が更新されるのに要する平均時間を意味する。…
…地球の表面付近の地殻は風,雨,河川,氷河,波浪,気温変化,生物などの作用によって一部が削剝され,それが運搬され,ある場所に集積して岩石になっていく。この全過程が堆積作用である。…
※「氷河」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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