永島村(読み)ながしまむら

日本歴史地名大系 「永島村」の解説

永島村
ながしまむら

[現在地名]浜北市永島

豊田とよだ郡に所属。八幡やわた村の北、天竜川の右岸に位置する。長嶋とも記された。江戸時代の支配領主の変遷中条なかじよう村に同じ。松平忠頼領郷村帳に長島村とみえ、高八六石余、畑一〇町二反余、うち二三石余は川成。ほかに明新寺領四石余・天王領五石余。慶長一六年(一六一一)に本田検地が行われ、高八六石(市川家文書)正保郷帳では畑方八六石余、明心めいしん寺領四石余・天王領五石余。延宝五年(一六七七)の浜松町村家数高間尺帳では高八六余、家数二九(うち役家二二)

永島村
ながしまむら

[現在地名]武雄市武雄町永島・橘町たちばなまち永島

潮見しおみ山の東麓地帯に位置し、現武雄町と橘町にまたがっている。現武雄町にも、現橘町にも大字永島があり、これは長島ながしま庄が地名として残った一部である。

天暦五年(九五一)の武雄神社文書の四至実検状に「東限、長島大路、鎮西隈」とある。

平安時代の後期から蓮華王れんげおう院領であり、鎌倉時代には長島庄惣地頭橘薩摩氏の所領となった。室町時代の初めには長島庄は分轄されて、永島の半分と花島はなしまの全域が塚崎つかざき庄に編入された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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