河西郷(読み)かさいごう

日本歴史地名大系 「河西郷」の解説

河西郷
かさいごう

旧玄海町内に比定される中世の郷。乾元二年(一三〇三)六月日付で図師幸秀が注進した社領田代并立用以下目録と宗像社領公文所注進(ともに宗像社家文書惣目録/宗像大社文書二)に「河西」がみえる。鎌倉時代の宗像宮年中諸神事御供下行事(宗像大社所蔵文書/神道大系神社編四九宗像)にも六月晦日の御祓神事に河西が載る。建武元年(一三三四)三月二〇日の雑訴決断所牒(前掲惣目録/宗像大社文書二)にも河西があり、宗像社の社領として安堵されたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報