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河野広中【こうの・ひろなか】
6件の用語解説(河野広中で検索)
朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
嘉永2.7.7 (1849.8.24)
没年: 大正12.12.29 (1923)
明治大正期の政党政治家。父は磐城国三春藩(福島県三春市)郷士河野広可,母はリヨ子。号は磐州。幕末に儒家川前紫渓に師事し尊攘論を唱えた。奥羽越列藩同盟に同調する藩論を転換させるため同志と共に奔走し,新政府軍の参謀板垣退助と会見し,藩を新政府に帰順させ,土佐藩兵と共に二本松,会津両藩への攻撃に参加した。これによりその後長い間,二本松,会津両藩人士は三春藩に怨恨を抱き続けた。維新後,若松県(福島県)官吏を勤めている間に中村正直訳・J.S.ミル『自由之理』を読み自由民権思想に目覚めた。明治8(1875)年福島県石川町に石陽社,10年三春に三師社を設立,東北地方の自由民権運動の先駆となった。その後,自由党結成に参加し幹部として活躍する一方,福島県会議長として,強引な道路建設を進める県令三島通庸と対立し福島事件(1882)を起こしている。国事犯として逮捕,収監されたが,大日本帝国憲法発布(1889)の恩赦により出獄。大同団結運動を経て,初期議会では自由党院内総理として院外団の発言力を低下させ,また東北派の領袖として党を主導したが,関東派の領袖星亨 と対立し30年脱党。翌年憲政党,さらに憲政本党に所属し対外硬派の立場に立った。日露戦後のポーツマス講和条約に反対し日比谷焼打ち事件(1905)で検挙される(無罪)。大正4(1915)年第2次大隈重信内閣に山県有朋の後援を得て農商務大臣として入閣。政治家としては藩閥政治家との水面下の接触や議会での目立つ行動などに巧妙であった。<参考文献>河野磐州伝編纂会編『河野磐州伝』
(長井純市)
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世界大百科事典 第2版の解説-
こうのひろなか【河野広中】
1849‐1923(嘉永2‐大正12)
明治・大正期の政治家。号は磐州。出身は陸奥国三春藩(福島県)の郷士で,家は呉服太物商,魚問屋,酒造業を営む豪商。戊辰戦争の際,新政府軍を支援して板垣退助を知る。若松県・三春藩の下級官吏を経て,1873年磐前県副戸長となり,このころミル著・中村正直訳《自由之理》を馬上で読んで発奮,自由民権論者になったという。以後区長などを務めつつ,75年政治結社石陽社を,ついで78年三師社を郷里に組織して,東北地方の自由民権運動の指導者となった。・・・
▼河野広中について記述のある項目
普選運動【ふせんうんどう】 自由党【じゆうとう】 国会期成同盟【こっかいきせいどうめい】 日比谷焼打事件【ひびややきうちじけん】
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
河野広中 こうの-ひろなか
 
1849-1923 明治-大正時代の政治家。
嘉永(かえい)2年7月7日生まれ。政治結社石陽社,三師社を設立して自由民権運動にくわわり,自由党のリーダーとなる。福島県会議長として県令三島通庸(みちつね)と対決,福島事件で投獄された。明治23年衆議院議員(当選14回)。憲政本党にうつり,36年衆議院議長。立憲同志会にはいって第2次大隈(おおくま)内閣の農商務相。大正12年12月29日死去。75歳。陸奥(むつ)田村郡(福島県)出身。
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
百科事典マイペディアの解説-
明治・大正の政治家。磐州(ばんしゅう)と号す。陸奥(むつ)三春(みはる)藩の郷士身分をもつ商家の出身。戊辰戦争では新政府軍を支持,板垣退助を知る。若松県,三春藩などの下級官吏を経て区長を務め,1875年石陽社,1878年三師社を組織して東北の自由民権運動を指導,また愛国社,国会期成同盟の幹部として国会開設請願運動に活躍。
(1849-1923)
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デジタル大辞泉の解説-
こうの‐ひろなか 〔かうの‐〕 【河野広中】
[1849~1923]政治家。三春(みはる)藩出身。自由民権運動を指導、福島事件で投獄された。のち衆議院議長・農商務相を歴任。
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大辞林 第三版の解説-
こうのひろなか【河野広中】
(1849~1923) 政治家。三春藩の郷士。号は磐州。自由民権運動に参加,福島事件で入獄。衆議院議員に連続一四回当選。衆院議長・農商務相を歴任。
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