津田与二郎(読み)つだよじろう

世界大百科事典(旧版)内の津田与二郎の言及

【禁裏御倉】より

…1463年(寛正4)ごろの禁裏御倉は,正親町烏丸南頰の薬師堂倉の辻宗秀であり,この辻家は享禄(1528‐32)ごろまで務めている。そのほかには,長享~明応(1487‐1501)ごろの大橋宗長,明応ごろのさるや野洲弾正,永正~享禄(1504‐32)ごろの中興藤四郎,享禄~天文14年(1528‐45)の津田与二郎,天文17‐天正10年(1548‐82)の下京四条室町の長谷川氏,天正11年(1583)~明治までの下御倉職多氏(舞人)などがある。代表的なものは,上御倉を永正6(1509)~明治まで世襲した立入(たてり)氏であり,室町通中御門と春日通の間,大門町に住した。…

※「津田与二郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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