改訂新版 世界大百科事典 「浮遊選鉱」の意味・わかりやすい解説
浮遊選鉱 (ふゆうせんこう)
flotation
微細な鉱石,石炭などのパルプから,特定種の粒子だけを選択的に気泡に付着させ,浮上させることにより分離する方法。通常は浮選といい,とくに鉱石に対する場合を浮遊選鉱,石炭に対する場合を浮遊選炭と呼ぶこともある。浮選は,硫化鉱物に対する選鉱法として,もっとも重要な分離技術であるばかりでなく,酸化鉱物,炭酸塩鉱物,石炭,製錬からみ(鍰)などに対する分離技術としても,広く応用されている。
物質はその表面の性質によって,水に対する濡れやすさに差異がある。水に濡れやすい性質を親水性,濡れにくい性質を疎水性と呼び,そのおおよその度合は接触角によって測定することができる。平らな固体表面の接触角を測定するには,その上に液滴をおき,その広がり具合をみればよい。そのとき液滴の表面が固体面に対してなす角を接触角という。固体の表面が液に濡れやすいほど液滴が広がり,接触角は小さくなる。接触角は固体表面の性質だけでなく,相手の液体によっても変化する。概して水に濡れやすい物質は油に濡れにくく,逆に水に濡れにくい物質は油に濡れやすい。
10~100μmくらいの細かさに粉砕された鉱石のパルプ中に多数の細かな気泡を導入すると,疎水性の高い粒子が選択的に気泡に付着し,気泡とともに浮上して分離される。これが浮選の原理である(図1)。気泡の大きさは一般には平均0.5mmくらいで,浮遊される固体粒子よりずっと大きいため,固体,液体,気体間の3相境界線は固体粒子の稜線に沿って形成されるが,この場合にも液に対する接触角の大きい固体粒子ほど気泡に対する付着力が強い,という関係が成立する。
浮選の歴史をふりかえると,鉱石パルプに多量の油を加え,強くかくはんすることにより,疎水性の粒子を油相に濃縮する方法がまず考案された。これを多油浮選bulk oil flotationと呼んでいる。また鉱石パルプを激しくかくはんし,水面に浮かんだ鉱物粒子の被膜を分離回収する方法も現れた。これを被膜浮選skin flotationという。気泡の発生方法も鉱石中に含まれる炭酸塩鉱物を酸と反応させ,発生する炭酸ガスの気泡を利用する方法などが考案された。しかし,これらの方法はほとんどすたれ,現在では,起泡剤と呼ばれる界面活性剤の少量添加により,機械的かくはん装置によって導入された多量の空気を細かく分散させるとともに,パルプの液面に泡沫層を形成させ,これを分離・回収するという方法,すなわち泡沫浮選froth flotationが普遍的方法となった。現在,浮選といえばこの泡沫浮選法をさすのが一般である。
浮選剤
鉱石類の浮選においては,上に述べた起泡剤のほかにも種々の薬剤が使用されている。これらの薬剤を総称して浮選剤flotation reagentsという。最も重要な浮選剤は捕収剤collectorである。捕収剤は目的とする鉱物の表面に選択的に吸着することにより,その表面の疎水性を高める働きをする。捕収剤は,一般に炭化水素鎖よりなる無極基と,水中で解離することによって陰イオン性または陽イオン性の極性を帯びた有極基によって構成された界面活性剤である。捕収剤はその有極基の極性により,陰イオン性捕収剤と陽イオン性捕収剤とに大別される。捕収剤イオンはその有極基の化学結合力または物理化学的結合力(分子間力と静電気力との兼合い)によって,特定の鉱物表面に対して選択的に吸着する。その結果,炭化水素鎖が液側に配向し,鉱物表面をあたかも油のような性質,すなわち疎水性に変えるのである。図2は陰イオン性捕収剤のエチルザンセートカリの陰イオンが方鉛鉱PbSの表面に化合吸着する模様を模式的に描いたものである。
現在広く用いられている捕収剤のいくつかを表1に示す。エチルザンセート,アミルザンセートなどのキサントゲン酸塩は黄銅鉱CuFeS2,方鉛鉱などの硫化鉱物に対し強い選択性をもつ捕収剤として,最も広く用いられている。ジチオリン酸塩はエロフロートAerofloat(アメリカン・シアナミド社)の商品名で広く知られ,金や銀を含む硫化鉱物の浮選などに使われている。カルボン酸による浮選は,この捕収剤が陽イオンとともにセッケンを作ることから,セッケン浮選soap flotationとも呼ばれている。セッケン浮選は銅,鉛,亜鉛などの炭酸塩鉱物の浮選,スズ,マンガン,鉄,チタンなどの酸化鉱物の浮選,鉄マンガン重石(Fe,Mn)WO4,灰重石CaWO4のようなタングステン鉱物の浮選をはじめリン灰石Ca5(F,Cl)(PO4)3,蛍石CaF2,重晶石BaSO4,セッコウCaSO4,方解石CaCO3など,広範囲の非硫化金属鉱物および非金属鉱物に利用されているが,選択性が低い。アルキル硫酸塩およびアルキルスルホン酸塩は鉄鉱物の浮選,重晶石,蛍石,灰重石,長石などの浮選をはじめ,ケイ石から鉄鉱物や長石などを取り除く,いわゆる逆浮選などに使われている。ドデシルアンモニウムクロライドなどのアルキルアンモニウム塩類は,工業的に使われている唯一の陽イオン性捕収剤である。ケイ砂の浮選や鉄鉱石の逆浮選(石英などを浮かす)などに応用されている。
以上に述べた陰イオン性および陽イオン性捕収剤のほかに,ケロシン,クレオソート,コールタールなどのイオン性の顕著でない油類も捕収剤として使われることがある。これらは油性捕収剤oily collectorと呼ばれている。油性捕収剤は石炭,ダイヤモンド,黒鉛,硫化モリブデン鉱などのように,元来疎水性の高い表面をもつ鉱物の浮選に使われている。
起泡剤は気-液界面に配向吸着する非イオン性の界面活性剤である。先にも述べたように,起泡剤のおもな役割は気泡の分散と適度な持続性をもつ泡沫層(フロスfroth)の形成にある。起泡剤としては表2に示すパイン油,ショウノウ油,芳香族アルコール,脂肪族アルコールなどが使われており,これらの分子は気-液界面に配向吸着することによって気泡の合体を妨げ,結果的に気泡の分散状態の維持と適度に安定な泡沫層の形成に寄与すると考えられる。
浮選剤としては,以上に述べた捕収剤と起泡剤のほかに,活性剤,抑制剤,pH調節剤などが使われる。活性剤は特定の鉱物表面に対して選択的に作用し,これを改質することによって捕収剤の吸着を促進するなどの機構で,鉱物を浮きやすくするための浮選剤である。例えばセン亜鉛鉱ZnSはそのままではザンセートが吸着せず浮遊しないが,活性剤として少量の硫酸銅を使用すると,銅イオンがセン亜鉛鉱表面に吸着し,これを硫化銅に似た状態に変えるため,ザンセートにより容易に浮遊させることができる。抑制剤は活性剤とは逆に,特定の鉱物表面に対して捕収剤イオンと競争吸着するなどの機構により,浮遊を抑制する働きをする。硫酸や消石灰などのpH調節剤もH⁺およびOH⁻イオンの働きにより鉱物を活性化または抑制し,浮遊を制御するのに使われる。
浮選機
鉱石や石炭の浮選に使われる浮選機flotation machineとしては機械かくはん式がもっとも一般的である。機械かくはん式浮選機は,機械かくはん翼と相対する固定翼との作用により,送気または自吸により外部から導入された空気をせん断・分散するとともに,パルプを適度にかくはんするしかけになっている。図3に機械かくはん式浮選機の構造の一例を示す。選鉱工場や選炭工場などにおいては,このような浮選機が多数組み合わされて使用されるのが普通である。中間産物の循環ループを含む浮選系統は浮選回路と呼ばれ,その中の各部はそれぞれの役割に応じて,粗選roughing,精選cleaning,清掃選scavengingなどと呼ばれている。
浮上法
浮選は選鉱,選炭などにおける従来からの応用にとどまらず,今日では製錬所におけるからみの処理,製紙産業における白水の処理,各種産業排水の処理,工場排水中に含まれる重金属イオンの回収など,多くの分野に応用されている。それらの応用の中には水中に懸濁する固体粒子群の選別という枠を超えて,固液分離技術としての応用やイオンの分離を目的とする応用なども含まれている。
工場や上・下水処理場における多くの応用例は固液分離を目的とするもので,そのプロセスは浮選ではなく浮上法またはフローテーションと呼ばれている。浮上法においては目的のみならず,浮遊させる固体粒子の性状も鉱石類とはかなり異なり,機械かくはん式の代りに加圧浮上pressure flotationや真空浮上vacuum flotationなどの方式が採用される場合が多い。これは減圧によりパルプ中に溶存する気体を析出させ,その浮力によって固形物質を浮上・分離する方法である。また,液中に溶存するイオンや界面活性物質を浮上分離するプロセスは,イオン浮選ion flotation,泡沫分離foam fractionationなどと呼ばれている。
執筆者:井上 外志雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報