日本大百科全書(ニッポニカ) 「海女」の意味・わかりやすい解説
海女
あま
海士とも書く。潜水によって海中の魚貝類、海藻類をとる漁業者のことで、一般に女に海女、男に海士という字をあてる。潜水漁業の存在は相当古くから認められており、『古事記』『日本書紀』『風土記(ふどき)』『万葉集』などの文献においては、海人、海部、蜑、白水郎などの文字で記されている。また『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』にも、その活躍について述べられている。歴史的には、安曇(あずみ)氏を首長とする部民(べのたみ)として存在し、その後全国各地に広がったとみられ、海部、安曇などの地名を残している。現在の分布は多くの地方にまたがっているが、太平洋岸の岩手、千葉、静岡、三重、徳島、および日本海側の新潟、石川、福井、長崎の諸県に多くみられ、海女の浦と海士の浦とが混在している。あまが有名な場所としては、千葉県の南房総、静岡県の伊豆、三重県の伊勢(いせ)、志摩、山口県の大浦、福岡県の鐘崎(かねざき)(宗像(むなかた)市)、長崎県対馬(つしま)の曲(まがり)、福井県の雄島、石川県の舳倉(へぐら)島などであるが、多くは海女が主体となっている。大きくいって千葉、三重、長崎の各県を結ぶ線の北側では海女が多く、南側では海士が多い。鹿児島、奄美(あまみ)、沖縄と南にいくにつれて海女はまったくみられなくなってしまう。この一般的傾向を、女性の皮下脂肪の厚さによる耐寒性で説明しようとする学者もいるが、まだはっきりはしていない。
あまは主として、アワビ、サザエ、イガイ、トコブシ、マナマコ、ウニなどの貝類や海産動物、テングサ、エゴノリ、ワカメ、コンブなどの海藻類を採取する。真珠取りの海女などは新しい傾向である。アワビは古代より珍重されており、近世に入ってからは干しアワビが俵物(たわらもの)の一つとして、海外に輸出されていた。19世紀ごろからは、寒天の材料としてテングサやエゴノリの需要を増し、比較的浅い海でテングサを採取する海女が増加した。ほとんどの海女は潜水を行うが、海士のほうは潜水をする者もあれば、船上からすこし細工をした長い棒を海中に差し入れて海藻をとったり、箱眼鏡などの道具を用いて海中をのぞきアワビを突くという所も多い。古書では、潜水作業のことを「かづき」、それをする女を「かづきめ」などとよんでいるが、現在は普通潜ることを「もぐる」「かづく」「すむ」などという。千葉県房総半島では、1回の潜水を「ひといき」とよび、この「ひといき」を2時間ばかりの間に数十回繰り返して船にあがる。これが一つの作業単位で「ひとおり」といい、その間は船べりにつかまって休み、呼吸を整えてからまた潜るという激しい労働を繰り返す。「ひとおり」が終わると、船や陸上にあがり、火をたいて身体を暖めるのである。1日に「三おり」するのが普通である。
普通の海女は岸近い5~6尋(ひろ)(9~11メートル)まで潜るが、巧みな者は15~20尋(27~36メートル)も潜り、それだけ収獲も多い。以前は肉眼で潜ったので非常に目を痛めたが、明治30年ころからは潜水用の眼鏡を使用するようになった。また現在は潜水用の足ひれやウェットスーツなども使用されている。海女の仕事は寸秒を争うので、その潜水と浮上には種々のくふうがなされている。沈下を速めるために、石のおもりや金属の分銅をつけたり、浮上を速めるために船上に男子(多くは夫)がいて、海女の腰につけた「いきづな」(息綱)という綱をたぐって浮上を助けることなど、相当古くから行われていた。アワビを岩からはぐのに、扁平でてこ形の鉄製道具である「いそがね」「なさし」「のみ」などとよばれるものを使い、腰にさして潜る。また採取したものを入れるのに「すかり」などという藁(わら)や苧麻(ちょま)製の袋を用いる所が多い。
磯物(いそもの)を採取する海女の仲間ではアワビの多い場所を発見すると「だれだれのあなだ」などといって採集の専用権を認め、採集を遠慮しあう習慣があり、母親から娘へその権利が譲られたこともあった。女が漁業に参加するということは、日本の漁業では特殊な形態に属するが、その数も少ないあま漁法には古風な漁労の生活を想起させるものが少なくない。また現在では、海女だけが有名であるが、これは一家の主人である男あま(海士)の他仕事への転化が相当行われた結果であり、男の潜水も以前は多かったと思われる。男子の潜水漁業は、中国南部、マレー、太平洋地域などにも多いが、女の潜水は韓国の済州島の海女が有名で、ほかにはほとんど例がみられない。済州島の海女は、以前は朝鮮半島沿岸はもちろん、遼東(りょうとう)半島、沿海州、対馬や日本海沿岸に進出しており、その技術は日本の海女との類似点が多い。
[野口武徳]
なお、済州島特有の海女の文化は、2016年に「済州の海女文化」としてユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産に登録された。
[編集部 2017年2月16日]
『瀬川清子著『販女』(1971・未来社)』▽『宮本常一著『海人ものがたり』(『宮本常一著作集 20』1975・未来社)』▽『桜田勝徳著『漁人』(『桜田勝徳著作集 2』1980・名著出版)』▽『田辺悟著『海女――ものと人間の文化史 73』(1993・法政大学出版局)』