海後磋磯之介(読み)かいご さきのすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「海後磋磯之介」の解説

海後磋磯之介 かいご-さきのすけ

1828-1903 幕末尊攘(そんじょう)運動家。
文政11年5月7日神職の家に生まれる。水戸剣術砲術をまなんだ。安政7年(1860)17人の浪士とともに大老井伊直弼(なおすけ)を桜田門外で暗殺。維新後は警視庁茨城県庁につとめた。明治36年5月19日死去。76歳。常陸(ひたち)(茨城県)出身。名は宗親(むねちか)。のち菊池剛蔵と改名

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367日誕生日大事典 「海後磋磯之介」の解説

海後 磋磯之介 (かいご さきのすけ)

生年月日:1828年5月7日
江戸時代;明治時代の神官
1903年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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