消化管出血(読み)ショウカカンシュッケツ

デジタル大辞泉 「消化管出血」の意味・読み・例文・類語

しょうかかん‐しゅっけつ〔セウクワクワン‐〕【消化管出血】

ジー‐アイ‐ビー(GIB)

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内科学 第10版 「消化管出血」の解説

消化管出血(救急治療)

概念
 消化管出血は一般に吐血,下血,血便といった症状を有する病態を指すが,健診にて便潜血陽性である場合も含まれる.吐血とは口腔から血液を嘔吐することで,Treitz靱帯より口側の上部消化管からの出血によるものとされる.吐血の性状は鮮血とコーヒー残渣様吐物がある.こうした変化は血液が胃内に停滞している時間に左右される.食道からの出血は鮮血となるが,胃内に血液が貯留すると胃酸と混合し,ヘモグロビンが還元されヘマチンとなり暗赤色を呈する.この色調の変化により排出された吐物をコーヒー残渣様吐物と表現する.
 下血は血液により黒色やタール様になった便が肛門より排泄することと定義される.血便とは糞便中に新鮮血が混入あるいは便の表面に付着したり,新鮮血そのものを排出することである.臨床的には下血は血便を包括して用いられる.黒色便は上部消化管からの出血で血液が胃酸による影響を受け,黒色の血液が混じった便を排出するものである.左側結腸・直腸あるいは肛門からの出血は鮮血となる. 消化管出血の60~70%を上部消化管出血が占める.上部消化管出血のうち半数は胃・十二指腸潰瘍からの出血である.消化性潰瘍のほか原因疾患としては食道静脈瘤の破綻,急性胃・十二指腸粘膜病変(AGMLあるいはADML),Mallory-Weiss症候群,胃癌,吻合部潰瘍などが高頻度である(表3-2-8).
 下部消化管出血の原因疾患としては虚血性大腸炎,抗生物質起因性腸炎,大腸憩室,痔疾・裂肛,大腸癌・ポリープ,潰瘍性大腸炎などがあげられる(表3-2-9).また下血の原因として上部消化管出血も念頭におかねばならない.その他,吐血・下血の原因疾患として肝・胆道・膵といった消化管と隣接する臓器の疾患,白血病・血友病や凝固異常などの血液疾患,Rendu-Osler-Weber病などの血管疾患,アミロイドーシスサルコイドーシス,膠原病などがある(表3-2-10).
病態・鑑別診断
1)全身状態の把握・出血量の推定:
吐血・下血の重症度を判定するのに身体的所見による全身状態の把握,特にショック状態の有無を調べるのは急務である.血圧,心拍数,呼吸数などのバイタルサイン,意識状態,尿量,顔面蒼白などの症状から出血量を推定する(表3-2-11,宮崎,1976).貧血の有無,眼球結膜・皮膚の黄染,腹水の有無なども重要である.触診により腹部圧痛,腹膜刺激症状の存在,腫瘤・リンパ節腫張の有無を確認する.下血の場合,その性状を確認するため直腸診が必要である. その他,全身状態の把握のため血液ガス検査,酸素飽和度測定,心電図検査などを行う.胸部X線撮影はfree airの存在を確認し,消化管穿孔を否定するために実施しておかねばならない検査である.
2)全身管理:
ショック時の全身管理として循環動態の安定のために血管の確保,輸液,輸血を行う.また気道の確保,酸素吸入などの必要な治療を行う.このほか,中心静脈圧の測定,心電図,動脈圧モニタリング,尿量測定などを必要に応じて行う.
3)病歴の聴取:
吐血・下血患者に対する病歴の聴取は重要である.出血の量・色調により,出血源を推定する.吐血の場合,新鮮血はまず食道静脈瘤破綻が考えられる.黒色の場合は胃・十二指腸潰瘍からの出血を考える.下血なら黒色便は上部消化管からの出血,鮮紅色~新鮮血は結腸・肛門からの出血が疑われる.随伴症状(腹痛,下痢,悪心・嘔吐,発熱)も原因疾患を推定するのに重要である.既往歴,服薬内容,生活習慣,家族歴なども確認する.消化管疾患の既往はもちろん,肝硬変などの肝疾患の既往,NSAIDs (non-steroidal anti-inflammatory drugs)・ステロイド薬あるいは抗菌薬の服用,飲酒の有無などを聴取する.最近では脳血管障害や虚血性心疾患の予防のために抗凝固薬・抗血小板薬が用いられる症例が増加しており,消化管出血の原因となることがあるため問診にて確認する.抗菌薬服用後の新鮮下血は抗菌薬による出血性腸炎を疑う.大量飲酒後の嘔吐に伴う出血はMallory-Weiss症候群を考える.慢性的な飲酒歴がある場合,肝疾患による食道・胃静脈瘤の破綻なども疑う.
4)血液・生理学検査
: 血液一般検査として赤血球数・ヘモグロビン・ヘマトクリット値を測定し,貧血の有無を確認する.急激に大量出血した場合はヘモグロビン値の低下が軽度にとどまることがあり,注意を要する.白血球数・血小板数なども調べる.血液生化学検査を行い,肝・胆道系の異常や腎機能の異常などを把握する.上部消化管出血では血液が小腸を通過するために尿素窒素(BUN)の上昇が早期にみられる点が特徴である.電解質の測定は,体液バランスの推定とも輸液量の決定に必要である.
5)緊急内視鏡検査
: ショック時には循環動態の安定が先決であるが,出血源を特定するために緊急内視鏡検査は積極的に行う.検査中には心電図やパルスオキシメーターなどにより全身状態をモニターする.吐血であれば上部消化管内視鏡検査を行うが,下血でも黒色便であれば上部消化管内視鏡検査を先んじて行う.鮮血様の下血を認める場合は下部消化管内視鏡検査を行うが,消化管穿孔を疑う場合や炎症性腸疾患に伴う中毒性巨大結腸症を疑う場合は下部消化管内視鏡検査は禁忌である.また急性の腸管における炎症により,炎症反応が高値を示す場合は下部消化管内視鏡検査を行うと炎症が悪化する可能性があるため,できるだけ避ける方が望ましい.
6)血管造影・出血シンチグラフィ:
内視鏡検査で出血源が同定されずかつ出血が持続する場合,血管造影あるいは出血シンチグラフィを行う.血管造影では出血部位において造影剤が血管外に漏出する.出血部位が同定されればコイルやスポンゼルによる動脈塞栓術を実施する.血管造影は0.5 mL/分以上の出血が持続している場合に検出可能であるが,シンチグラフィでは0.1~0.2 mL/分以上の出血で検出が可能である.99mTcシンチグラフィが通常用いられる.
治療
 治療の方針としてはショック時にはまず輸液などを行い,循環動態の安定をはかる.状態が落ち着いたら止血処置を並行して行う.緊急内視鏡検査を行い,出血源が同定できれば内視鏡的止血法を実施する.内視鏡的止血法によっても止血できない場合はIVR (interventional radiology)もしくは緊急手術を考慮する.
1)内視鏡的止血法
: 内視鏡的止血法は薬物療法単独に比して止血効果がすぐれていることが多い.また,外科的治療に比して侵襲が少ないため,第一選択として行われている.通常は循環状態が安定した後に行うが,止血が得られないかぎり全身状態の回復が望めない場合には厳重な全身管理を行いながら止血を行うことがある.
 内視鏡的止血法の対象となる疾患は上部消化管出血では胃・十二指腸潰瘍,食道・胃静脈瘤,Mallory-Weiss症候群,胃癌,食道潰瘍などである.下部消化管出血では大腸憩室,血管異形成などで内視鏡的止血術が行われる. 内視鏡的止血法は①機械法②局注法③熱凝固法④薬剤散布法に大別される(表3-2-12). 機械法は出血病変の露出血管をクリップなどにより直接圧迫止血する方法である.血管に対する直接作用のため高い止血効果が得られる.噴出性出血,露出血管を有する例に対して用いられる.局注法や熱凝固法と異なり,組織傷害性がほとんどない点ですぐれた方法といえる. 局注法は局注針を用い,組織凝固能のある薬剤を出血部位に注入する方法である.高張Na-アドレナリン(HSE)あるいは純エタノールなどの薬剤が用いられる.HSEによる止血はアドレナリンによる血管収縮作用に加え,高張食塩水によるアドレナリン作用時間の延長,血管壁のフィブリノイド変性などの作用により最終的に血管内腔の血栓形成へ導き,止血を得る方法である.純エタノール局注法は純エタノールの脱水・固定作用を利用し,血管を収縮させ血管壁の凝固・壊死,血栓を形成させ止血する方法である. 熱凝固法は出血部位を熱凝固させて止血する方法で,ヒータープローブ法,アルゴンプラズマ凝固法(APC)などがある.ヒータープローブ法は電気熱による組織の蛋白凝固作用を利用し止血する方法である.アルゴンプラズマ凝固法はイオン化したアルゴンガスを放出し,高周波電流を放電することで組織を凝固する非接触型の高周波凝固止血法である.広範囲に均一の深さで組織凝固ができ,びまん性の出血や前庭部毛細血管拡張症(gastric antral vascular ectasia:GAVE)の治療に有効である. 
薬剤散布法は凝固作用のある薬物を出血病変に散布する方法である.トロンビンアルギン酸ナトリウムなどが用いられ,湧出性出血やほかの止血法に併用して用いられることが多い.
2)薬物療法:
内視鏡的止血法実施後の再出血予防または内視鏡検査では出血源が同定できない場合に薬物療法を行う.酸分泌の抑制,止血部位の局所血流の減少,止血部位の被覆,出血部位の組織欠損の縮小・治癒の促進を目的にして各種の薬剤が用いられる.酸分泌抑制薬(プロトンポンプ阻害薬(PPI),H2受容体拮抗薬)は胃・十二指腸潰瘍,Mallory-Weiss症候群,食道潰瘍,その他の胃疾患からの出血に対して用いられる.酸分泌を抑制することにより胃液pHが6.4以上の環境になると出血時間が短縮し,pH 6.8以上になると血小板凝集が促進される(Greenら,1978).さらに,出血時の胃・十二指腸粘膜は線維素溶解活性が低下して,かつプラスミン依存性線維素溶解活性も低下する(Valenzuelaら,1989).
 Helicobacter pyloriが陽性の出血性胃潰瘍にはH.pyloriの除菌が再発予防に有用である.除菌治療薬としてPPI,アモキシシリン(AMPC),クラリスロマイシン(CAM)を用いた3剤併用療法がわが国では保険適用となり用いられている.除菌不成功例に対して二次除菌治療としてPPI,AMPCにメトロニダゾールを加えた3剤療法も保険適用となっている.NSAIDs潰瘍についてはNSAIDsを中止する.NSAIDsの中止が不可能ならばPPIあるいはプロスタグランジン製剤を投与する.抗凝固薬・抗血小板薬による消化管出血については休薬が可能なら,これらの薬剤を休薬する.再度内視鏡により止血を確認した後に内服を再開する. 食道・胃静脈瘤の破綻による出血に対してはバソプレシン,β受容体拮抗薬が用いられる.抗プラスミン薬としてはトラネキサム酸の静脈投与や,凝固因子様作用薬としてトロンビンの経口投与が用いられる.
3)上部消化管出血:
 a)食道:
 ⅰ)食道静脈瘤の破綻:食道静脈瘤破綻は出血点に対して内視鏡的静脈瘤結紮術(endoscopic variceal ligation:EVL)を行う.止血が確認された後,再発防止処置として内視鏡的硬化療法(endoscopic injection sclerotherapy:EIS)を実施する.EVLは静脈瘤を結紮し,虚脱させる手技で簡便であり,緊急時に用いられる.EISは静脈瘤の内部あるいは周囲に硬化剤を注入する治療法である.静脈瘤の中に直接注入する薬剤として5%エタノールアミンオレートが,静脈瘤の周囲に注入する薬剤として1%エトキシスクレロールが用いられる.出血が多量で視野が得られないなど出血点が同定できない場合はSengstaken-Blakemoreチューブを挿入し圧迫による一時止血を試みる.止血後に待機的に内視鏡治療を行う.薬物療法としては門脈圧を低下する目的でバソプレシン,β受容体拮抗薬,ニトログリセリンが用いられる.バソプレシンは上腸間膜動脈領域を中心とした腹腔内細動脈の収縮を生じ,門脈流入量を減少させて門脈圧を低下させる.
 ⅱ)Mallory-Weiss症候群:Mallory-Weiss症候群は嘔吐時に食道・胃接合部付近の縦走する粘膜の裂創により粘膜下の動脈が破綻し,突然の消化管出血を起こす病態である.本症は自然止血することが多く,酸分泌抑制薬などの薬物療法を行う.大量出血する場合は内視鏡的止血法を実施する.止血困難例には外科療法を考慮するが,その可能性はきわめて少ない. b)胃・十二指腸:
 ⅰ)胃・十二指腸潰瘍:胃・十二指腸潰瘍といった消化性潰瘍に対する内視鏡的止血法の適応はForrest分類に従い,噴出性出血(Ia),湧出性出血(Ib)および露出血管を有する潰瘍(Ⅱa)に内視鏡的止血法を実施する(日本消化器病学会,2009).血餅が付着のみ(Ⅱb)の症例はあえて内視鏡止血の必要はない.内視鏡的止血法で止血できれば,数日の絶食・安静にて経過を観察する.その間は酸分泌抑制薬の静脈内投与を実施する.止血部位を被覆する効果を有する薬剤を用いることもある.再度内視鏡検査を実施し,再出血がないことを確認した上で酸分泌抑制薬の内服治療に移行する.内視鏡的止血法により止血が得られない場合や,大量の輸血が必要な場合にはIVRや外科手術が行われる. ⅱ)胃静脈瘤:胃静脈瘤に対してはシアノアクリノート系薬剤(ヒストアクリル)を注入して止血を行う.IVRではバルーン下逆行性経静脈的塞栓術 (balloon-occluded retrograde transvenous obliteration:B-RTO)が行われる.腎静脈短絡路を有する胃静脈瘤に有用である. ⅲ)急性胃粘膜病変(acute gastric mucosal lesion:AGML):急性びらん性胃炎,急性潰瘍,急性出血性胃炎について酸分泌抑制薬の投与による薬物療法を行う.上部消化管内視鏡検査にて出血源を認めた場合には内視鏡的出血法を行う.本症は心理的ストレスや薬剤,アルコール,香辛料といった誘因を問診により明らかにし,除去することが治療として重要である.
4)下部消化管出血:
 a)小腸:近年,バルーン小腸内視鏡,カプセル内視鏡などが開発され,小腸からの出血についても確認できるようになった.出血源が同定できればバルーン小腸内視鏡により止血術を行う.小腸出血の原因となる疾患としては薬剤性(NSAIDs)腸炎,小腸癌,粘膜下腫瘍,血管異形成などがある. b)大腸:大腸における出血については基本的には原疾患の治療を行う.また,大腸憩室出血は出血源である憩室が同定できれば,クリップによる縫縮を行う.血管異形成が見つかれば熱凝固法などの内視鏡的止血法を行う.[小坂俊仁・芳野純治]
■文献
Green WF, et al: Effect of acid and pepsin on blood coagulation and platelet aggeregation. Gastroenterology, 74: 38-43, 1978.
宮崎正夫:ショック総説.救急医学セミナー(日本救急医学教育セミナー委員編),pp55-85, へるす出版,東京,1976.
日本消化器病学会編:消化性潰瘍診療ガイドライン,pp2-10, 南江堂,東京,2009.
Valenzuela GA, et al: Pepsin fibrinolysis of artificial clot made from fibrinogen concentrate and bovine thrombin: the effect of pH and epilon aminocaproic acid. Surg Endosc, 3: 148-151, 1989.

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改訂新版 世界大百科事典 「消化管出血」の意味・わかりやすい解説

消化管出血 (しょうかかんしゅっけつ)
gastrointestinal hemorrhage

消化管すなわち食道,胃,小腸(とくに十二指腸)および大腸,さらに膵臓や胆道系の疾患で,消化管内に出血を生じ,血液が口から吐出したり(吐血hematemesis),肛門から排出する(潜出血occult bleedingあるいは下血melena)こと。

 消化管出血は多くの消化器疾患においてみられる症状の一つで,出血量の少ない場合には自覚症状もなく見過ごされやすい。しかし,出血が長期にわたって持続する場合には,貧血症状(頭痛,めまい,顔面蒼白など)が起こってくる。出血が大量となると失血性ショックに陥り生命の危険にさらされることも少なくない。一般に急性出血の場合500ml以下であれば症状を呈することは少ないといわれているが,高齢者における出血は危険度が高く,また死亡率も高い。

少量の出血では糞便の外観に変化はない。このような出血を潜出血という。潜出血があると糞便の潜血反応occult blood testが陽性となるので,出血性病変の有無を知ることができる。しかし,この検査はヘモグロビンが塩酸と結合した塩酸ヘマチンの化学反応を利用するものであるため,動物性食品でも陽性となる。そこで,この検査にあたっては,食事内容の制限を厳守する必要がある。出血の量が多くなると,新鮮血(血便bloody stool)や黒色便(タール便tarry stool)の排出がみられるようになる。これを下血という。タール便は,〈のりのつくだ煮様〉とも形容される粘稠な黒色便で,胃腸管分泌の消化作用を受けたことを意味し,一般に上部消化管(食道,胃および十二指腸)を含めて,回盲部より口側での出血の際に認められる。しかし,下部腸管からの出血でも腸管内での停滞時間が長い場合にはタール様を呈したり,上部消化管の出血でも通過時間が速かったり,大量出血では新鮮血を排出する場合もあり,糞便中の血液の性状のみで出血部位を決定することはできない。また鉄剤やビスムート剤の服用でも便色は黒くなり,肉食後やブロムサルファレイン(検査試薬)の注射後では赤みをおびることもある。原因としては,上部消化管疾患のほかに小腸ポリープ,メッケル憩室炎,クローン病潰瘍性大腸炎虚血性大腸炎,細菌感染性腸炎および大腸癌など数多の疾患がある。わずかに血液が糞便に混入したり,糞便の表面に新鮮血の付着する場合は,大腸下端,直腸および肛門からの出血が考えられる。

新鮮血またはコーヒー残渣様血液を吐出することで,胃および十二指腸に血液が貯留した場合に起こり,その血液の性状にかかわらず,大多数の例で上部消化管における中等量から大量の出血を意味する。一般に,食道からの大出血以外は,ヘモグロビンが胃液と反応して塩酸ヘマチンとなるので,褐色の沈殿をもつコーヒー残渣様吐物となる。このため新鮮血を吐く喀血とは区別できる。原因としては,胃潰瘍,十二指腸潰瘍が最も多く,出血性胃炎,食道静脈瘤が次ぎ,胃癌でも吐血することがある。しかし,胃癌での出血は,慢性持続性出血の型をとるものが多いため,下血の形をとることが多い。また,飲酒後嘔吐した際に食道胃接合部近傍粘膜に裂傷を生じ出血するマロリー=ワイス症候群も大量出血を起こす。そのほか,遺伝性出血性末梢血管拡張症では,家族内に吐血が頻発することから診断される。やけど,胸手術その他強い精神的ストレスが吐血の原因となることもある。

1952年,パーマーE.D.Palmerが〈積極的に出血源を検索しても病態の悪化はない〉との説を提唱して以来,現在では早期にX線検査や内視鏡検査が行われるようになった。その結果,手術適応の決定も迅速に行われるようになり,またX線検査や内視鏡を用いた止血操作によって患者の救命効果成績は向上している。欧米では消化管出血に際して緊急検査としての血管撮影が一般的であるというが,日本では上部消化管にはパンエンドスコープによる内視鏡検査が食道,胃および十二指腸の出血源の検索に活用されている。また下部消化管では,直腸鏡のほかに回盲部まで観察できる大腸ファイバースコープがある。

 消化管出血の出血源は,このようなX線や内視鏡による検査で大部分は診断されるが,検査方法の進んだ今日でも約10%の出血は原因不明である。

出血量の推定は必ずしも容易ではない。吐血や下血の量にプラスして胃および腸内に停留している血液量を考慮しなくてはならないからである。血液検査も重要な検査である。しかし赤血球数やヘマトクリット値は出血直後では正常範囲にとどまっており,低下するまでに数時間を要する。これは,出血直後に循環血漿量が減少すると代償性反応として末梢血管が収縮するため,かなりの出血があっても血液が希釈されず,血液組成にあまり変化が生じないからである。したがって,出血初期には血液検査からの出血量の推定はできない。出血後早期に血液が消化管から吸収され,腎機能が正常であれば血清尿素窒素が上昇し,24時間前後で最高に達するので,出血の動態を知る一つの指標となる。一般に出血量の最も重要な指標は循環不全の症状で,血圧が100mmHg以下,脈拍数が100/分以上あって微弱であれば,全身血液量の20%以上に及ぶかなりの出血があると判定する。さらに血圧が低下し80mmHgまたはそれ以下で,脈も細く,脈拍数が120/分以上になり,ショックあるいはその準備状態となり,顔面蒼白,皮膚の冷感,発汗そして意識も混濁してくれば,出血量は循環血液量の40%近いと考えるべきである。

大量出血でショックに陥った場合には,輸血,輸液,酸素吸入,強心剤投与などがまず必要である。輸血は,血圧が回復し起座性の頻脈がみられなくなるまで続ける。止血の目的では,止血剤の投与,上腹部冷罨(れいあん)法,冷水による胃内冷却法などが行われ,食道からの出血にはゼングスターケン=ブレークモア管Sengstaken-Blakemore tubeの挿入,門脈圧亢進に対してはピトレッシン静脈注射などが試みられる。近年,X線による血管撮影に引きつづき塞栓剤の注入および内視鏡を通しての高周波電流による,あるいはレーザー内視鏡による凝固止血がしばしば用いられる傾向にある。各種止血用薬剤の内視鏡による局所治療が試みられている。

 吐血または下血,いずれも消化器疾患で重要な所見である。吐物または排出物をすみやかに医師に見せ,適切な処置の指示を受ける必要がある。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「消化管出血」の意味・わかりやすい解説

消化管出血
しょうかかんしゅっけつ
gastrointestinal bleeding
gastrointestinal hemorrhage

食道から肛門に至る消化管のいずれかの部位で起きる出血の総称。略称GIB。十二指腸が空腸と結合する十二指腸空腸曲にあり、十二指腸を支える十二指腸提筋(トライツ靭帯(じんたい))を境界として、上部に位置する食道、胃、十二指腸などの部位に生じた出血を上部消化管出血、下部から肛門へ向かう小腸、大腸などの部位に生じた出血を下部消化管出血とよぶ。

 上部消化管出血では吐血がみられ、短時間で真っ赤な鮮血が出る場合と、胃液の酸などで変色し時間が経過してからコーヒー残渣(ざんし)様の黒褐色の血が吐出される場合がある。また、肛門からタール便(黒色便)とともに下血もみられる。胃・十二指腸潰瘍(かいよう)など消化性潰瘍による出血の頻度がもっとも高く、再発することが多い。近年、消化性潰瘍の再発予防にその原因となるピロリ菌除去が有効であることが判明している。ほかに肝硬変などに伴う食道静脈瘤(りゅう)、出血性胃炎、胃癌(がん)などの悪性腫瘍(しゅよう)、アルコール過剰摂取などによる嘔吐(おうと)の反復で食道などに裂傷をきたすマロリー‐ワイス症候群、さらに解熱鎮痛薬の服用・外用なども原因となる。

 下部消化管出血ではおもに肛門から下血がみられ、上部消化管以外の盲腸や上行結腸からの出血による黒色のタール便と、結腸より下の部位、さらに肛門に近いS状結腸や直腸からの出血に多い鮮紅色の鮮血便がみられる。下部消化管出血は、大腸ポリープや大腸癌による出血の頻度がもっとも高いが、炎症性病変を伴うクローン病、潰瘍性大腸炎、血管性虚血性大腸炎、感染性腸炎、大腸憩室のほか、薬剤使用が原因となる薬剤性腸炎などもある。ほかに小腸に潰瘍やびらんによると考えられる出血を認めるが病態不明で出血源がわからず、貧血症状のほかタール便や鮮血便を伴い再発を繰り返す難病もある。

[編集部]

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世界大百科事典(旧版)内の消化管出血の言及

【胃潰瘍】より

…そのほか,上腹部の不快感,重苦しくて張る感じ,胸焼け,吐き気などを伴うこともある。ときには胃潰瘍から出血があり吐血や下血がみられることがある(消化管出血)。吐血の場合,血液が多量に出たとき以外は,血液のヘモグロビンが胃液の酸により塩酸ヘマチンとなり,黒褐色になったりコーヒー残渣様になって嘔吐される。…

※「消化管出血」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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