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淳仁天皇【じゅんにんてんのう】
6件の用語解説(淳仁天皇で検索)
朝日日本歴史人物事典の解説-
生年:
天平5 (733)
没年: 天平神護1.10.23 (765.11.10)
奈良時代の天皇。天武天皇の孫。舎人親王と当麻山背の子。諱は大炊王。天平勝宝9(757)年3月,聖武の遺詔によって立太子した道祖王にかわり,藤原仲麻呂の強い推挙により皇太子となった。これより前,大炊王は仲麻呂の長子真従の未亡人粟田諸姉を妻とし,仲麻呂の私邸である田村第に住んでいた。このような仲麻呂の専横を妬む橘奈良麻呂らの謀議の計画がつぶされたのち,翌天平宝字2(758)年孝謙天皇の譲位を受けて即位した。同4年光明皇太后が亡くなると,道鏡の処遇をめぐって孝謙上皇と淳仁・仲麻呂の不和が表面化し,皇権の分裂を生み,国家の大権はむしろ上皇側が握ることになった。同8年9月,追いつめられた仲麻呂は乱を起こして局面の打開をはかったが,逆賊として追討され敗死した。同時に淳仁天皇も廃帝となり,淡路に流されて配所の一院に幽閉された。天平神護1(765)年10月廃帝は逃走をはかったが,捕らえられ,院中で33歳の生涯を閉じた。宝亀9(778)年3月,淡路国三原郡の墓は山陵扱いとなったが,弘文・仲恭両天皇と共に淳仁の諡号が贈られたのは明治3(1870)年のことである。兵庫県南淡町の天王森丘が陵所とされる。<参考文献>岸俊男『藤原仲麻呂』
(狩野久)
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世界大百科事典 第2版の解説-
じゅんにんてんのう【淳仁天皇】
733‐765(天平5‐天平神護1)
第47代に数えられる天皇。在位758‐764年。天武天皇の皇子舎人(とねり)親王の第7子。母は当麻山背。諱(いみな)は大炊(おおい)王。立太子以前に藤原仲麻呂の長子真従(まより)の未亡人粟田諸姉(あわたのもろあね)を妻とし,仲麻呂の邸宅である田村第に住んでいた。この関係から,仲麻呂は彼の立太子と即位を望んだ。時の皇太子は聖武太上天皇の遺詔によって立太子した道祖(ふなど)王(新田部親王の子)であったが,757年(天平宝字1)3月に廃され,翌4月に大炊王が立太子した。・・・
▼淳仁天皇について記述のある項目
小墾田宮【おはりだのみや】 恵美押勝の乱【えみのおしかつのらん】 白峯神宮【しらみねじんぐう】 藤原仲麻呂【ふじわらのなかまろ】
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説-
淳仁天皇 じゅんにんてんのう
 
733-765 奈良時代,第47代天皇。在位758-764。
天平(てんぴょう)5年生まれ。父は舎人(とねり)親王。母は当麻山背(たいまの-やましろ)。孝謙天皇の譲位をうけ,藤原仲麻呂(なかまろ)(恵美押勝)に推されて即位。新銭(万年通宝,大平元宝,開基勝宝)をつくり,旧銭(和同開珎)と併用させた。藤原仲麻呂の乱がおきると,孝謙上皇に実権をうばわれ,天皇は廃され淡路(あわじ)に流された。天平神護元年10月23日死去。33歳。明治3年弘文・仲恭天皇とともに歴代にくわえられた。墓所は淡路陵(あわじのみささぎ)(兵庫県南淡町)。別名は大炊(おおい)王,淡路公,淡路廃帝。
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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。収録人物のデータは2009年1月20日現在のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
デジタル大辞泉の解説-
じゅんにん‐てんのう 〔‐テンワウ〕 【淳仁天皇】
[733~765]第47代天皇。在位758~764。舎人親王(とねりしんのう)の第7王子。名は大炊(おおい)。重用した藤原仲麻呂の道鏡排斥が失敗に終わり廃位、淡路に流された。淡路廃帝。
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監修:松村明
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百科事典マイペディアの解説-
天武天皇皇子舎人(とねり)親王第7子。758年即位。藤原仲麻呂を重用したが,764年仲麻呂は反乱を起こして討たれ,天皇は廃されて淡路(あわじ)に幽閉,淡路公・淡路廃帝と称された。
(733-765)
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大辞林 第三版の解説-
じゅんにんてんのう【淳仁天皇】
(733~765) 第四七代天皇(在位758~764)。名は大炊(おおい)。舎人親王の子。朝政に藤原仲麻呂を登用,仲麻呂の乱により廃されて淡路に配流された。淡路廃帝。
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淳仁天皇に近い言葉→垂仁天皇|光仁天皇|天皇|始馭天下之天皇|近衛天皇|四条天皇|二条天皇|熊沢天皇|三条天皇|六条天皇
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