疾病に対する一連の医療行為において、公的医療保険の対象となる医療行為(保険診療)とそれ以外の医療行為(保険外診療=自由診療)を併用(混合)すること。保険診療の場合は費用の一部が患者負担、自由診療の場合は全額が患者負担となる。日本では混合診療を原則として禁止しており、それを行った場合は、保険診療部分を含むすべての医療行為に関する費用が自由診療扱い(全額患者負担)となる。混合診療の禁止は「保険診療でだれもが必要にして適切な医療を受けられる」という国民皆保険の理念に基づくものであり、それを解禁した場合には、以下のような事態が生じるおそれがある。(1)患者に対して保険外の負担を求めることが一般化し、患者負担が不当に拡大する、(2)安全性や有効性等が確認されていない医療が保険診療とあわせて実施される、(3)患者の支払能力の格差が医療内容の格差をもたらす、(4)保険診療が低い水準に固定される、(5)医療資源の配分効率を低下させる。
しかし、高度経済成長を経て、国民生活の向上、患者ニーズの多様化、医療技術の進展などに対応して、必要にして適切な医療を確保するための保険給付と、患者の選択にゆだねることが適当とされる医療との調整を図ることが求められるようになり、1984年(昭和59)の健康保険法等の改正で、高度先進医療および選定療養について、保険診療と自由診療との併用を認める「特定療養費制度」が導入された。この制度は、特定承認保険医療機関(高度先進医療を担うものとして厚生大臣(現、厚生労働大臣)が承認した病院)が行う「高度先進医療」について、保険診療に該当する部分の医療費は特定療養費として保険から給付し、保険外診療である先端医療部分はすべて患者の差額負担とするというものである。高度先進医療は安全性、有効性、効率性、普及性などからみて一般の医療機関でも実施可能と認められた場合は、保険診療に組み入れることとしており、先端医療技術が自由診療から保険診療へ移行する過程に対応した制度でもある。「選定医療」は、医療の本質とは関係なく、患者の選択にゆだねてもよいサービスのうち厚生大臣が承認したもの(差額ベッド、義歯の材料、予約診療など)について、基礎的部分を選定療養費として保険から給付し、残りを患者の差額負担としたものである。
2004年(平成16)に内閣総理大臣の諮問機関である規制改革・民間開放推進会議から混合診療を容認すべきとの主張がなされた。その理由として、(1)高度先進的な医療を患者が選択しやすくなる、(2)医療機関や医師の競争が活発化し医療の効率性が促進される、(3)医療のビジネスチャンスが広がる、(4)室料などのアメニティ部分に係る費用は保険診療から除外すべきだ、といったことがあげられた。こうした主張を受けて2004年12月、厚生労働大臣と規制改革担当大臣の間で「いわゆる混合診療問題に係る基本的合意」が成立し、それに基づき2006年に医療保険制度改革の一環として特定療養費制度が廃止され(特定承認保険医療機関も同年廃止)、かわって「評価療養」と「選定療養」について保険診療と自由診療の併用を認める「保険外併用療養費制度」が導入された。
評価療養は、「先進医療」(従来の高度先進医療に加えて中度の先進医療も対象とし、医療機関からの申請を受けて先進医療専門家会議が評価し、当該先進医療を行うことのできる医療機関の要件を定め、厚生労働大臣が告示したもの)のほか、医薬品の治験に係る診療、保険適用前の医薬品・医療機器の使用などが対象となっている。また、選定療養は、患者の選択にゆだねてもよいもののうち厚生労働大臣が定めるもので、差額ベッド、予約診療、時間外診療、200床を超える病院で紹介状なしの初診、180日を超える入院、歯科の金合金・金属床総義歯など10項目が指定されている。
2008年に、薬事法(現、医薬品医療機器等法)の未承認・適応外となっている医薬品や医療機器を使用する医療技術を一定の要件の下に「高度医療」として認め、保険診療と併用できることとし、薬事法上の承認申請および保険適用につなげる科学的データ収集の迅速化に努めるとした「高度医療評価制度」が導入された。続いて2012年に先進医療制度の見直しが行われ、上記の高度医療と先進医療(未承認等の医薬品・医療機器を使用しない医療技術)を先進医療として一本化した。これにより、未承認・適応外の抗癌(がん)剤等を使用する医療技術を保険診療との併用可能な先進医療に取り入れることが早められることとなった。
また、混合診療をめぐって、健康保険法にはそれを禁止する明文規定がないことから、混合診療に保険適用が認められないのは不当であるとして行われていた訴訟において、2011年に最高裁は、原告の上告を棄却し、混合診療を原則として禁止していることは適法であるとの判決を下した。その判決では、無制限に混合診療を認めると患者負担の不当な増加を招くことを指摘し、特定の診療に限り混合診療を認める「保険外併用療養費制度」で対応するのが妥当であるとしている。これまで幾度か提起されてきた混合診療禁止の法的妥当性をめぐる問題は、この最高裁判決でいちおうの決着をみたことになる。
さらに、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)に関連して、混合診療禁止の状況に対してアメリカからその変更を迫られることへの危惧(きぐ)をめぐって多くの議論が行われている。
[土田武史 2015年11月17日]
『川渕孝一著『日本医師会総合政策研究機構報告書第15号:保険給付と保険外負担の現状と展望に関する研究報告書』(2000・日本医師会総合政策研究機構)』▽『二木立著『TPPと医療の産業化』(2012・勁草書房)』▽『池上直己著『ベーシック 医療問題』第4版(日経文庫)』