朝日日本歴史人物事典 「清元延寿太夫(4代)」の解説
清元延寿太夫(4代)
生年:天保3(1832)
幕末明治期の清元節の家元。江戸屈指の質屋,谷中の三河屋に生まれる。本名斎藤源之助。放蕩ののち,見込まれて安政5(1858)年2代目延寿太夫の次女のお葉に婿入り,4代目延寿太夫を襲名する。河竹黙阿弥と深く提携して「十六夜」「夕立」「三千歳」「雁金」など数多くの名作を生み出し,劇場音楽としての清元節の地位を高めた。明治24(1891)年2代目太兵衛,26年延寿翁と改名。養子の3代目栄寿太夫が5代目を継ぎ,名手といわれたお葉と共に数々の芸談を残した。辞世の句「気はかろし接木仕遂げてひぢ枕」。<参考文献>伊原敏郎・後藤寅之助編『唾玉集』,井口政治編『延寿芸談』
(竹内有一)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報