清原枝賢(読み)きよはらの えだかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「清原枝賢」の解説

清原枝賢 きよはらの-えだかた

1520-1590 戦国-織豊時代儒者
永正(えいしょう)17年生まれ。清原国賢,清原マリアの父。明経(みょうぎょう)博士。祖父清原宣賢(のぶかた)につぐ名儒として知られ,大内義隆,松永久秀の師となる。永禄(えいろく)6年宮内卿。同年ビレラから受洗したがのち棄教。天正(てんしょう)9年正三位にのぼり出家した。天正18年11月15日死去。71歳。法名は道白。名は「しげかた」とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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