入浴,療養などのために,地下から湧出する温泉を利用する慣習法上の物権である。日本は火山帯に属しているので各地に温泉が湧出し,古くから,多くは村落共同体によって利用されてきた。それはもっぱら慣習にもとづいており,利用のしかたは多様である。自然湧出だけでなく,掘削も行われており,源泉を直接利用する場合もあれば,樋管などで引湯する場合もある。また,共同浴場による利用もあるし,個人利用もある。ここで慣習とは,温泉利用の事実が反復継続され,それが正当であるとして,社会的承認を得ているものをいう。社会的承認は,積極的になされる場合もないではないが,消極的に異議ないし抗議を申し立てない場合のほうが多いであろう。慣習にもとづく温泉の利用は,法例第2条によって,法律と同一の効力を有するものとされている。1948年に温泉法が制定されたが,これは,温泉の掘削および利用に関する行政的監督ないし取締りを内容とするものであって,温泉に対する私法上の権利関係については規定していないから,依然として慣習法が根拠となっている。温泉は,村落共同体による利用にとどまらないで,旅館経営,さらに観光資本などの進出によって大きく変貌し,村落共同体による利用は片隅に追いやられ,その温泉権は解体を余儀なくされている。旅館や観光資本による温泉利用は,村落共同体の有する温泉権の承継とみるべきか,新たな権利の発生とみるべきか,明らかでない。
執筆者:小林 三衛
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
温泉を利用・処分する物権類似の権利。温泉利用権、温泉専用権、湯口(ゆぐち)権、源泉権などともいう。温泉を利用する権利は、温泉がわき出る土地の所有権と切り離して、独立なものとして取り扱う慣行があり、その譲渡性が認められている。民法にも特別な規定がなく、温泉法(昭和23年法律125号)は行政監督を目的としているにすぎないから、その利用権の内容はすべて慣行によって規律されている。公示方法としては、湧出(ゆうしゅつ)地を分筆して、鉱泉地として登記したり、温泉組合、地方官庁などに備えられた登記簿に登録するなどの慣行がある。
[阿部泰隆]
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