無花粉スギ(読み)むかふんすぎ

日本大百科全書(ニッポニカ) 「無花粉スギ」の意味・わかりやすい解説

無花粉スギ
むかふんすぎ

花粉を飛散しないスギ。スギには雄花雌花があり、雄花でつくられた花粉を雌花が受粉して、種子を形成する。無花粉スギは雌花をはじめとするほかの機能は正常であるが、潜性遺伝子の影響により雄花において花粉が正常に形成されないという、突然変異した雄性不稔(ゆうせいふねん)性のスギであり、その遺伝様式を解明することにより無花粉スギの増殖方法が確立された。スギ花粉により引き起こされる花粉症対策の切り札として注目されている。

 1992年(平成4)に富山県森林研究所は、数か所で試験中であったスギ林のうちの1か所で、1本だけ花粉を飛散させないスギを発見した。この変異体の遺伝的な特性を明らかにしたことにより、日本で初めての無花粉スギの新品種「はるよこい」が、2007年(平成19)に農林水産省へ登録された。富山県では同品種の挿木用の穂を安定して採取できる採穂園を整備し、2011年より都市部の緑化用樹木として普及を進めている。さらに、木材として優良な他品種との交雑によって改良した新品種の開発にも成功、また挿木ではなく種子から大量の育成を実現した。

 富山県における無花粉スギの発見を契機に、全国各地で雄性不稔性のスギが多様に存在していることが明らかになった。森林研究・整備機構森林総合研究所では、「爽春(そうしゅん)」および「スギ三重(みえ)不稔1号」2品種の開発を推進している。そのほか、これまで全国各地で栽培されてきたスギの多様性を損なうことなく、各地域に適した優良品種の作出が研究されている。

[編集部]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

知恵蔵 「無花粉スギ」の解説

無花粉スギ

春先になっても花粉を飛散させないスギ。もともとは自然界で偶然発見された突然変異体だが、研究によって新品種が次々と開発され、国民病となりつつある花粉症対策の切り札として注目を集めている。
無花粉スギが最初に発見されたのは1992年。富山県の神社にあるスギから全く花粉が出ないことが観測過程で認められたのが始まりだ。周囲のスギが花粉を発生しているのに対し、このスギだけは花粉を飛ばさなかったため、調査したところ、ある劣性遺伝子が原因となって花粉が正常に発達していないことが判明。タマネギトウモロコシなどで見られる「雄性不稔(ゆうせいふねん)」であることが分かった。
しかし、当時はこの1本だけしか無花粉スギの存在が確認されていなかったため、富山県林業試験場が実用化を目指し、このスギの種から苗を育成。成長の良いものだけをえりすぐり、「はるよこい」という無花粉スギの新品種として農林水産省に登録した。さらに、無花粉遺伝子を持つ優良な精英樹と無花粉スギをかけ合わせることで、2分の1の確率で無花粉スギを生産することに成功した。
富山県での研究を皮切りに、全国各地でも無花粉スギの開発が進展。国所管の森林総合研究所で「爽春(そうしゅん)」と呼ばれる新品種が2005年に開発されたほか、08年にも新たに1品種が開発されている。また、石川県や神奈川県でも無花粉スギの遺伝子が発見され、交配の幅や可能性が広がった。
最大の課題とされていた量産化にも弾みがついた。従来、無花粉スギの増殖は、生育に時間のかかる挿し木によるものだったが、09年2月、富山県森林研究所が種子からスギを大量育成することで、14年までに約2万本を出荷できると発表した。日本製紙も3月、独自のバイオ技術により、効率的な挿し木増殖を可能にしたと発表している。
日本では戦後、増加する木材需要などに対応するため、スギやヒノキの植林が国策として行われ、スギ人工林は森林の約18%を占めるまでに広域化した。これを今後、どのように無花粉あるいは少花粉の林に転換していくかが課題。現在、日本人の約30%が花粉症だという調査データがあるほか、マスクや市販薬などの花粉症対策商品市場は400億円以上に膨れ上がっているとみられている。

(高野朋美 フリーライター / 2009年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

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