狸塚村(読み)むじなつかむら

日本歴史地名大系 「狸塚村」の解説

狸塚村
むじなつかむら

[現在地名]邑楽町狸塚

光善寺こうぜんじ村の南に位置し、東は成島なるしま(現館林市)、西は篠塚しのづか村、南は赤堀あかぼり村。村中央を東西に小泉こいずみ街道が通る。中世には佐貫さぬき庄に属した。中世狸塚の一帯では熊野那智神社への組織的参詣が盛んであったと思われ、応永八年(一四〇一)三月二七日の長誉旦那譲状(熊野那智大社文書)にみえる上野国先達円蔵房の在所は「ムシナ塚」で、文明一七年(一四八五)四月八日の堤藤左衛門の旦那売券案(同文書)などには狸塚円光坊がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android